LalaーMukuーMerry

武士の家計簿のLalaーMukuーMerryのレビュー・感想・評価

武士の家計簿(2010年製作の映画)
4.2
剣術は全く出てこないが、しっとりと胸に響くいい時代劇だった。舞台は天保年間(1831-45)の金沢、加賀藩で代々御算用者(今風に言えば経理係)を務める下級武士の猪山家、その三世代家族の物語。猪山家の入拂帳(家計簿)を歴史学者の磯田道史氏が発見し、そこに書かれていた克明な記録を読み解いてできあがった、些細なことまで史実に基づくお話。
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主人公は二代目直之(=堺雅人)。超がつくほどの生真面目な仕事ぶりと、暮らしぶり(婚礼、妻とのエピソード、猪山家の借金に気づいた後の立て直し策、涙ぐましい倹約)、そして家を継がせるため自ら行った幼い息子への厳しい教育(そろばん、習字、論語)。
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その息子は父に習った御算用の腕のおかげで、明治新政府の要人(大村益次郎)に認められ、海軍主計局の重職につくことになる(西南戦争や、ひょっとしたら日清戦争を裏で支えたことだろう)。
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地味でめだたないけど経理の仕事(そろばんと帳簿つけ)は大事です。お金にまつわる正確な記録から不正が暴かれるというのは、いつの世でも同じ。天保の飢饉で一揆を起こした百姓たちに、お殿様から「お救い米」が施されることになったのだが、百姓たちに渡された米の量は、藩の重臣たちに中抜きされて目減りしていた。帳簿からその事実に気づいた直之だったが、上司からは「よけいなことをするな、帳尻を合わせるのが仕事だ」と・・・
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役人の不正が当たり前の時代には、絶対権力を持つお殿様が人格者である場合にのみ、直之のような人が日の目を見ることができる。12代藩主、前田斉泰(なりやす)という強い殿様が主君だったことで彼の人生は開けたのでしょう。お天道様は見ているよ。
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経理→経済の連想でちょっとは関係あるかもしれない話に変わります。最近読んだ「経済で読み解く日本史」(文庫本5巻セット、上念司著)は、目からウロコの大変面白い本だった。マクロ経済学の基本法則から日本史の流れを理解するもの。それによると・・・
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江戸時代初期、家康から3代家光までの頃、幕府は全国の金銀鉱山を開発し独占して貨幣を鋳造した。当時の採掘した金と銀の量はそのまま貨幣の量になる。だから通貨量はこの時期増え続けた(当時日本は世界最大の金の産出国になった)。このことによって適度なインフレが続いて経済成長が続いた。
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ところが、金の生産量は3代家光の頃(1643)に早くもピークとなりその後は徐々に減少した。そのため通貨量はモノに対して相対的に不足し始めた(すなわちデフレ基調になり始めた)。その上4代家綱の時、明暦の大火で江戸の町と天守閣が消失。江戸の街の再建に莫大な支出が行われたため(江戸城は再建を断念)、幕府財政が一気に悪化。4代家綱は600万両を相続したのだが明暦の大火の後は385万両まで減っていた。そして5代綱吉が相続したときは100万両を切っていた。
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ピンチの幕府財政と経済を立て直した立役者は荻原重秀(勘定奉行)。彼は通貨の肝は信用であるという現在でも通用する通貨理論を理解していた偉人だった。貨幣の改鋳を行って慶長小判2枚から元禄小判を3枚つくった(つまり金の含有量を2/3に減らすことで、通貨量を1.5倍に増やした)、これにより幕府は通貨発行益を得て500万両の財政黒字となった。通貨量が増えたおかげでマイルドなインフレが進み好景気となって元禄文化が花開いた。
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この好景気をぶち壊したのが、正徳の治で知られる新井白石。貨幣の改鋳をして再びもとの金の含有量に戻した。このことで貨幣の量は減って一気にデフレ、不景気になった。
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江戸時代を通じて、貨幣の改鋳が行われて通貨量が増えたのは、元禄、享保、文化・文政の時期の三度。うち元禄と文化・文政の時期はどちらも好景気の時代になった。享保の改鋳は8代吉宗の改革の一番最後にやった手だった。それまで吉宗は質素倹約・緊縮財政的な改革を行ったが経済面の成果は上がってなかった。しかし大岡越前の進言にやっと従って最後に行った貨幣改鋳のおかげで経済は一気に盛り返し、後に享保の改革と讃えられるようになった。
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私の頃、歴史で覚えさせられた江戸時代の政治改革である正徳の治は間違ったデフレ政策、松平定信の寛政の改革、水野忠邦の天保の改革はどちらも典型的な緊縮財政策で、成果は上がらず仕舞いだった(っていうか明らかに失政で経済も幕府財政も目に見えて悪化)。歴史を覚えるなら、失敗した改革より、好景気を招いた貨幣の改鋳の方だったのでは?
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デフレから脱却できない今の政府(特に財務省・日銀)は、江戸幕府の失敗に終わった改革と同じ緊縮財政と増税を進めるばかりのように見える。歴史から学ぶなら、緩やかなインフレになるまで通貨量を増やす、つまり通貨を発行すべきでしょう。そうすれば好景気がやってくるはずなのに・・・(1年目のアベノミクスの金融政策がそれに近かったが、2年目以降は完全に尻すぼみ)