emily

フェンスのemilyのレビュー・感想・評価

フェンス(2016年製作の映画)
3.8
1950年代米ピッツバーグ、元プロ野球選手で今はゴミ収集員として働くトロイ、妻ローズ、息子コリーと3人暮らし。長年連れ添った友人ボノ、戦争で頭を負傷したトロイの兄のゲイヴ、今は別に暮らしてるもう一人の息子ライオンズ、笑顔の裏に執拗な嫉妬や男の責任により犠牲になり、壊れながら家族の細い絆を紡いでいく物語。

 冒頭から爽快な会話劇が良いリズムを家族の笑顔を作り、陽気な空気感で幕を開ける。トロイを演じるデンゼル・ワシントンがとにかくよくしゃべる。そうして家族や友達のボノは笑顔でそれを聞いている。いつでも会話の中心にはトロイが居て、共感は自然な強要に誘い、気が付いたら彼のペースにみんなが巻き込まれている。しかしその空気感に嫌な感じはない。自然に体からあふれ出すような説得力があるのだ。それは、生き抜いてきた苦労の数々と、それにより誓った男の責任が作り上げる空気感であろう。

 常に寄り添い笑顔で、控えめながらも夫を支える妻ローズを演じるヴィオラ・デイヴィスの演技が圧巻である。夫の会話の隙間を埋める表情と言葉のトーン、口論になったときの全身で怒りと悲しみを訴える、息遣いまで伝わってくる緊迫感のある演技が涙を誘う。

 二人を囲むキャスト陣達もそれぞれの役割を全うしており、静かな展開、時の流れをしっかり感じさせる演出、街の移り変わりもしっかり挿入し、ボノや兄のゲイヴの存在が緊迫感の中に陽だまりのようなやさしさを与えてくれる。

 野球を交えた比喩表現と、誰の中にもある悲観と楽観を上手く神と悪魔と絡め、緩やかながらもしっかりとそれぞれの心の苦難が見えてくる。「フェンス」を作り家を囲う事で、外から侵入を避け、内から外へ出ていくのを精神的に防ごうとしているのかもしれない。しかしそれぞれがそれぞれのタイミングでその見えない壁は自分の中にある事に気が付くのだ。それは父親だって同だ。幼い頃から苦労してきて、父におびえて生き、今は自分の行いから見えない悪魔に脅かされている。それは自分自身が作り出した影であり同時に自分を正してくれる影でもある。
 
 超えられない壁を作るのは自分自身であるが、考え方を変えればそれは超える目標となり、自分の道しるべにもなる。悪魔を信じるのか、それとも起こった事をポジティブに捉えて神を信じるのか。答はいつだって自分の中にある。
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