むるそー

ムーンライトのむるそーのレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
4.4
少年期・青年期・成人期と一人の男の半生を辿っていくヒューマンドラマ。

外見的特徴からオカマと言われ虐められている主人公・シャロンには学校にも家にも居場所がない。そんな彼を薬物の売人をしているフアンが見つけ出す。フアンと妻テレサは彼の居場所となるが、だからと言って現実から逃れる事はできない。そんな彼にも学校内で唯一心安らげる居場所があり、それが同級生のケヴィンだった。アイデンティティが確立されていない青年期のシャロンにはケヴィンが自分にとってどういう存在なのか分かっていない。だが彼の肌に触れた夜の浜辺はシャロンにとって何かが変わるきっかけとなる。しかしその直後に起きた事件によりシャロンは少年院に入れられ、2人はそのまま疎遠となってしまうのだった。

少年院から出所した後の成人期のシャロンは誰だか分からないくらいに体格も性格も逞しくなっている。しかしケヴィンと再会したレストランでの彼の姿は紛れもなくシャロンであり、少年の頃から何も変わらない彼の心の純真を見ることができる。ラストシーン、月明かりに照らされた2人の姿は本当に綺麗だった。

個人的にはシャロンの母親にずっと感情移入して苦しみながらみていた。シングルマザーで生活に余裕がなく、子供が周りから虐められている現状に見て見ぬふりをして、そんな現実から逃げるように薬物を摂取する毎日。良い母親をできていない事を自覚し、次第に息子の目に映る自分が怖くなって、更に冷たく当たってしまう。どうしようもない負の連鎖に入ってしまった彼女には破滅しかない。

しかし成人期のパートで登場した彼女はその連鎖から逃れることができている。シャロンが少年院に入ったからか他の理由か我々にはわからないが、憑き物が落ちた状態でシャロンと接していて、売人となった彼と対話するシーンは胸にくるものがあった。"私を愛さなくていいけど私はあなたを愛している 私みたいなクズにはならないで"という切実な願いはそのまま本心から来たものに違いなく、それが分かるからこそシャロンは彼女の声に耳を傾け今の自分の状態を見つめ直す。その彼と同じく売人である自分に苦しんだフアンの姿が重なる。

余裕の無い社会は負の感情が伝播していく。アメリカの黒人社会が抱える問題にしっかり目を向け、クィアであることの葛藤や生きづらさから逃げなかった本作は、オスカーを取るべくして取った素晴らしい作品だと思う。
むるそー

むるそー