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タリーと私の秘密の時間のNMのネタバレレビュー・内容・結末

タリーと私の秘密の時間(2018年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

良作。
一見ほっこり系。子育て奮闘中の専業主婦が友情かなんか築いて人生が開けていく話かなと思いきや。
いつ話が大展開していくのかが見どころ。
そしてこの結末をどう解釈するかが楽しい。
これは一体どのジャンルといえばいいのだろう。

子育てした人はもちろん、したことのない人にもおすすめ。子育てが比較的楽な兄夫婦みたいな家もあれば、命をすり減らして崩壊状態の人もいることが分かる。人それぞれなのだと。
育児ストレスというと夫が非協力的でというイメージが強いが、この夫婦はそうではない。

それと、自己肯定がなかなかできない人、真面目で責任感が強い人、人に頼れない人、理由が曖昧なまま人生に行き詰まっている人などにお薦め。観たあと数日に渡りじわじわと自分と向き合える映画。


マーロは幼い子ども二人がいる。
長女サラは8歳で眼鏡をかけてちょっと賢そう。
弟のジョナはちょっとしたきっかけで泣き叫び暴れてしまう。そうなると手がつけられないので落ち着くまで待ちマーロが折れるしかない。病院も回ったが何も解決しなかった。

学校に呼び出され、ジョナを一日中見てくれる専門員を雇うことを薦められる。雇いたくとも費用は安くはないし、ジョナの面倒を見きれる人を探す術をマーロは知らない。
この家庭は貧困ではないもののいくら必要であっても今以上の出費を許す経済的余裕がないことと、マーロは信用できる人が見つかるはずないと諦めていることが分かる。
そして予定外にも三人目妊娠している。

マーロは完璧主義と紹介されているがその典型的なイメージとは違った。時々は癇癪を起こしたりぼそっと皮肉を吐いたりするが別に普通の人に見える。ただとにかく非常に疲れている。いつも糸が張り詰めた状態。

この状況でも外部の人の手を借りないというよりは、そもそも借りる検討をじっくりできる時期を逸してしまい、少なくとも今となってはもう身動きが取れず柔軟な発想などできない状態、といった感じに見えた。

もちろん人に頼らない性格はある。
さらに自身には継母が三人いるが、自分の子はそうじゃない育て方をしたいらしい。あっという間に成長する子どもを少しでも見逃したくない思いもある。

夫ドリューはIT系勤務で大きな仕事を任され今後は出張も増えるという。
夫は弁当を作ったり宿題を教えるなどする良き父だが、マーロ自身が育児は自分の役目だと固く決心している。
夫婦自体はきちんとした会話をするし、夫への不満はあまりなさそう。

この日は兄夫婦宅で食事。兄は社会的にかなり成功していて家も豪華。
黒髪ストレートの兄嫁はハッピーそうで、出産の苦労はジムに行けなかったことなどと語る。マーロはそんな次元ではない。2つの夫婦は同じような家族構成でもこうも状況が違う。資金力の差は小さくない。
ジョナは大変でしょうね、3人目はラクよ、と無責任なことを言う。悪気はないのだろうが、自分が経験した範囲でしか物を言えない人はいる。
映画に出てくる日本趣味のやつは変わり者か嫌なやつか殺人鬼と相場が決まっている。夕食はもちろんSushi。
彼女が絶賛しているカラフルヘアのシッターは、ヴィーガンらしき発言をしており、子ども用だという食事を見てジョナはしょんぼりしている。

兄はマーロの様子をみかねて、出産祝いにナイトシッターを雇ったからここに電話をかけろと番号をくれた。気の進まないマーロの説得を試みる。
マーロが数年来疲れっぱなしなのでずっと心配していたようだ。

夫婦がガソリンスタンドに寄った少しの時間で相談すると、夫のほうは賛成のようす。

その晩破水、出産。女の子で名はミア。
改めて戦争が始まった。
特に夜泣きが激しそうで、朝夫が出社するころにはマーロは疲れ果ててソファーで寝ている。
授乳(2~3時間おきに朝から晩まで)、搾乳(定期的にやらないとお乳がパンパンに張る)、ぐずったらあやして寝かしつけ、おむつ交換一日10回以上、朝になれば上の子たちの送迎。

再び学校に呼ばれ、今度はジョナの転校を勧告された。
うちのジョナは障がい児じゃないわと怒り飛び出していくマーロ。
実際はジョナをどうにかしてやらねばとは分かっていたがどうにもならなかったし、それを他人に指摘されるのを恐れていた。
シッターを頼むとそれと連動してジョナの正体のはっきりしない障害を認めるような気もしていたのだろう。

夫が帰宅すると冷凍ピザで晩ごはん中。子どもたちは平気そうだが、マーロは宙を見つめ肩で息をしていた。
自分は食べていない。
なのにマーロの身体には贅肉が増えていた。
というのも、自分自身は深夜のすき間時間でどうでもいいアダルトリアリティーショーを観ながらぼう然とジャンクフードを口に放り込む日々だったから。

ジョナのこともありついに依頼を決めた様子。そのシッターの名はタリーというらしい。

夜待っていると想像より若い女性が来た。だがフランクで明るく知的で余裕がありそう。何よりマーロを称賛し、全面的に頼ってほしいと促し、赤ん坊に優しい。
授乳のときには起こすからと早速マーロを寝かせてくれた。
久々にぐっすり眠り、朝起きるとタリーは帰宅していた。完璧に床掃除までしてあった。
世界が明るくなった。

何よりタリーは話し相手にもなってくれた。若くして相談相手として十分。否定も肯定もせず、難しいことは言わず、視野が広く寛容で明るい。
きっと他のママ友では余計に疲れるだけだっただろう。友人関係を築く時間自体あったとは思えない。
マーロには今後の目標も敗れた夢さえもなく、何もない自分を肯定できないと語る。渇望はあるがその正体が分からず向き合い方がわからないしその時間もない。

冒頭で何やらジョナの背中をブラッシングしていたが、あれは彼の衝動を抑えるためになると以前セラピスト(現在は資金不足で雇っていない)が教えてくれた方法らしい。本人も真偽は分からないもののすがる思いで続けていた。
タリーは、あなたっていいママよねとマーロの努力を認めてくれる。

いいママはカップケーキを作るけどできない、と嘆いたマーロ。
翌朝テーブルにはカラフルなカップケーキが作ってあった。
マーロはそれをジョナの学校に持っていき、嬉しそうにクラスメイトに配った。
そして先日揉めた先生たちにもおすそ分け。マーロが別人のように晴れ晴れした顔をしているのであっけにとられている。

ジョナ、転校初日。
行ってみると今までの心配は杞憂だったようで、ジョナにとってとても良い学校のようす。マーロにも、謝る必要はないですと声をかけてもらった。
笑顔が増えたマーロ。手料理も増え、運動も始めた。

タリーとはいまや親友。タリーは、ミアのこと以外でも人生全部を私に頼って、と言う。
マーロがあのアダルトリアリティーショーを観ていること、そして今は夫婦関係がないと聞いたタリー。
夫はいい父親であり愛してはいるけど、昼と夜とでスイッチを切り替えるのは無理らしい。今まで寝る時間すらなかったのだから無理もない。

タリーは、じゃあドリューのケアもしなくちゃと発案。
マーロが夫のために昔買ったけど使わなかったというコスプレ衣装を持ってこさせ、二人で寝室へ向かう。
マーロが指示し、タリーがマーロの代わりに夫のベッドへ。
目を覚ました夫は驚きつつも身を任せた。
翌朝夫は戸惑っていたが、とても良かったとのこと。

ある夜タリーは遅刻してきた。ルームメイトの女性とトラブルがあったらしい。
二人は街に繰り出した。
マーロは若い頃この街に住んでいたらしい。
クラブへ行きバーボンを飲みジャンプしてヘッドバンギング。

タリーは、もう来られない、それを言うためもあって連れ出した、と語った。
マーロは遺留したが、もともと期限付きアルバイトだし前に進むためだから無理だという。
ショックで店を飛び出したマーロ。停めてあった自転車を盗み昔の家に猛スピードで向かう。追うタリー。
そうこうしているうちにマーロのお乳がパンパンに。酔いもまわり、結局二人はそのまま帰宅することとなった。

しかしそんな状態のマーロは居眠り運転をし、車はガードレールを突き破って川の中へ。
タリーが人魚となって助け出してくれる夢を見た。マーロはこんなシーンを今まで何度も夢に見た。

かけつけた夫ドリュー。まだ寝ているマーロを心配そうに見つめている。
ドリューは精神科医に呼ばれた。
マーロはジョナの出産後重いうつ状態になったという。
シッターはどこですかと聞かれたが、ドリューは彼女についてはよく知らないと言う。
それにマーロはとても元気そうだったのが、医師いわく極度の疲労と睡眠不足とだと。おかしい。そんなはずは。

病院の受付。
ドリューは、マーロの旧姓を聞かれ、タリーだと告げた。

マーロはここ最近のことを思い出す。その全ての回想シーンは一人きりであり、タリーなどいなかった。
マーロは、最も信頼できる「若い頃の自分」を心に召喚したらしい。

夫は夜の間完璧に過ごしていると思っていたが、それは完璧な自分になりたいマーロの妄想が作り出したもの。今まで以上に頑張っていたのは自分自身だったのだから、他人からは元気に見えても余計に疲弊していた。

タリーが部屋に入った時物音一つないのも当然。コスプレしてベッドに行ったのはマーロだったのだから受け入れても普通のこと。
タリーはマーロが一人でいる深夜に現れて朝は必ず姿がなかったのもうなずける。
マーロは苦労に耐えるだけでなく、自分は苦しくなどないし追い詰められてもいないという妄想を作り出した。とても切ない。

ついに全てを理解したドリューは目覚めたマーロを見て、今まで何もしなかったことを詫びた。子どもは見ていたがマーロを見ていなかった、こんなカンペキよりも君自身が大事だと。
二人は家族を愛していることを確認しあった。

最後にタリーが現れ語り合う。あなたは危機から脱したからこれでお別れねと。
タリーは命を助けてくれてありがとう、とマーロにお礼を言う。マーロが助かったということは当然タリーも助かったということ。

タリーは、マーロの夢は今まさに叶っていることを教え、鬱憤を受け止め、孤立を和らげ、友情と安らぎを与え、夫婦仲を戻し、子どもたちにより良い環境を与え、マーロの命を助け、こつ然と姿を消したのだった。

マーロやドリューたちは、私たちは大丈夫だと思っていて、傍からも今は忙しいだけに見えていたたが、実際は様々な要因から崩壊状態にあった。

観客には、何しろシッターは兄が依頼したものだから普通の人間に決まっているという思い込みがあったはず。
しかしドリューが義兄にシッターのお礼を言うと、雇ったことを知らなかったと驚いていて、どうも雇わなかったと思っていた様子。
実際マーロが電話しているシーンはなかった。

それ以外にもタリーはまるでマーロのこれまでの人生を全て知っているかのような発言をしていた。

追い詰められた母親の切ない妄想により、結果として奇跡的に事態の深刻さが発覚した。このまま崩壊一直線のところだったが、今後は好転していきそうだ。
元気そうだから、大丈夫だと言っているから、と観察しないでいると、とんでもない事態になってもおかしくないと気付かされた。
明るい雰囲気の作品でハッピーエンドだが、よく考えてみれば相当まずい事態になった家庭の話。みんな無事だったのは奇跡。

ヒロインの旧友の「コーヒーが私の子宮並みに冷えないうちに行くわ」ってものすごいブラックジョーク。言われたら笑って良いのか困る。
犬の名前がプロセッコでどうして死にたくなると発言したのか不明。犬にワインの名前付けちゃうところが寒いのか、プロセッコがDOCワインだからDOGとかけた寒い駄洒落ということかな、という想像をしたところで、どうでもいいかと思いそれはギブアップ。
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