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オリエント急行殺人事件のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

オリエント急行殺人事件(2017年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

寝台列車オリエント急行の走行中に、富豪の美術商ラチェットが刺殺された。教授、執事、伯爵、伯爵夫人、秘書、家庭教師、宣教師、未亡人、セールスマン、メイド、医者、公爵夫人と目的地以外は共通点のない乗客たちと車掌をあわせた13人が殺人事件の容疑者となってしまう…。

自分が子どもの頃、TVや劇場で本格ミステリと言えば、エルキュール・ポアロか金田一耕助シリーズだった。
1974年にも映画化された傑作ミステリをケネス・ブラナーが製作・監督・主演を兼ね、豪華キャストの共演でリメイク。

原作は英国を代表するミステリ作家アガサ・クリスティの代表作。
もともとシェイクスピア劇の名優で、古典を愛するブラナーにとって、この有名かつ手垢のついた題材をいかに料理するか?というのは、相当やりがいのある仕事だっただろう。
1974年の映画版も傑作だが、40年以上経ってのリメイクもなかなかの力作である。

列車に乗り合わせていたエルキュール・ポアロは、この動く密室で起こった事件の解決に挑む。

主人公の名探偵ポアロ役をブラナーが演じるのだが、本作はどちらかといえば容疑者よりもポワロのキャラクターに焦点を当てる。
冒頭からエルサレムの盗品騒動で見事な推理を見せるポアロ。
「世界一の探偵」を自称し、謎を解くと犯人が逃げて戻ってくるところまで予想し、杖を嘆きの壁に突き立てて罠にするとはかなりの自信が見て取れ、とてもキザだ。
ホテルで卵の大きさやパンの焼き加減など食へのこだわりや、立派な髭や身だしなみへのこだわり、また他人の所持品からを素性を割り出す姿に、ポワロの神経質な性格と、ずば抜けた観察眼が冒頭から描かれ、ポアロの推理力の源を感じ取ることができる。

エルサレムの街並みのロケ風景や、CGも駆使した列車の移動風景、豪華な装飾の列車内部や人物像に合ったファッションなど細部にこだわり抜き、原作が書かれた当時を再現する美しい映像は、本作の方が上かもしれない。

意外にもポアロが肉体的アクションをこなすという新味も出している。
また、舞台人ブラナーらしく、奥行きのある列車内で縦に並べた容疑者たちの写し方から一転、謎解きでは「最後の晩餐」の絵画のごとく、象徴的にトンネル内に容疑者全員を横並びに配置し、クライマックスを盛り上げる。

しかし、テンポの良さを保つためか、容疑者たちとの会話が短く、それぞれのキャラクターの描かれ方が弱く感じるのが残念だ。
殺人現場に残された手がかりの数々が、誰のもので、なぜあのような配置になったのか?を、容疑者との会話から割り出さず、一気にラストでポアロが語るため、謎解きが性急に思えてしまう。

だが、本作で一番の白眉は、ラストのブラナーによる善悪の狭間に置かれて揺らぐポアロの演技だろう。
殺人は容疑者全員による共犯。
全員がラチェットが過去に犯した犯罪で犠牲になった家族の関係者。
その家族の遺恨を晴らすべく、全員が悪人ラチェットに復讐するのは正義を求める心から起きたもの。
正義を求めて殺人を行った者たちを、犯罪者として「裁くべきか?赦すべきか?」と、さすがシェイクスピア役者の本領発揮とも言えるハムレットばりに潤んだ瞳でブラナーはポアロの心の揺らぎを見せる。

高慢で神経質な男に見えたポアロに去来する人間味のギャップが非常にドラマチックである。
ミステリとしては伏線に欠け、1974年版に軍配が上がるが、本作は豪華キャストの賑やかさが王道の娯楽作品という趣き。

シェイクスピア題材以外で見せるブラナー渾身のこだわり演技が印象に残る作品である。
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