糸くず

誕生のゆくえの糸くずのレビュー・感想・評価

誕生のゆくえ(2016年製作の映画)
4.0
第29回東京国際映画祭にて。

舞台女優のパリと映画監督のファルハードは、夫婦で、一人息子がいる。パリは妊娠するが、経済的な事情を考慮し、二人は中絶を決意。しかし、処置がうまくいかずに苦悩するパリは中絶に疑問を抱き、産むことを決断する。

「中絶」という現代的な問題を背景に、女性の決断に動揺する男を通して、男性の身勝手さと暴力性を痛烈に批判した力作。

産むことを決意したパリに、ファルハードは怒りを隠さない。息子もいる。家も買う予定でいる。経済的に無理だ。社会の先行きは不透明で、これから生まれてくる子どもは不幸せかもしれない。それに、自分にもパリにも「仕事での成功」という目標がある。

ファルハードは、いろいろな理屈を並べ立てるが、一番大切なパリの気持ちを汲み取ることをしない。いくらパートナーとはいえ、産むのは女性であり、女性の考えが尊重されるべきであって、男性が何もかも決定していいはずがない。パリが疲れはて、家を出るのも納得である。

パリの実家を訪れる前の、ファルハードとパリの友達との電話での会話が印象的だ。友達は、パリがファルハードを避ける理由は「あなたが暴力的だから」という。ファルハードが実家に押しかけて話を聞いてもらうつもりだと話すと、「そういう態度が暴力的なのよ」と答える。

ファルハードは自分の切実が妻に理解されないことがわからない。しかし、問題は違うのである。パリは、それらを理解した上で、「産む」と決意したのである。

もう一つ、印象的なのが、一人息子の恋の行方だ。息子には、好きな女の子がいる。息子にアドバイスを求められたファルハードは、「気持ちを伝えるべきだ」と言う。息子は父の言う通り、気持ちを伝え、スカーフをプレゼントしたりする。女の子は満更でもない感じみたいで、スカーフもちゃんと受け取る。微笑ましい行動であるけども、パリは「プレゼントを受け取ったのは、あなたを傷つけないための彼女の優しさなのだ」と言う。

これは、パリの言う通りで、終盤、女の子は「韓流スターが好きで、将来は韓国に行くつもり」と言って、息子はフラれてしまう。息子も自分の気持ちを優先するばかりで、女の子の気持ちを見ていなかったのである。

畳みかけるような会話の応酬によって、男性の自己中心的な暴力性を浮き彫りにしていく脚本の秀逸さが光る。モーセン・アブドルワハヴ監督の今後に期待したい。
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