イホウジン

台北ストーリーのイホウジンのレビュー・感想・評価

台北ストーリー(1985年製作の映画)
3.9
人の心の傷や喪失を癒す「万能薬」はあるか?

今作は80年代の台北の都市風景や社会情勢など同時代的な要素が主軸に添えられつつも、テーマ自体は極めて普遍的なものとなっている。それ故に今もなお愛され続けられる作品となっているのだろう。過去の映像資料として視るのも楽しいし、純粋に1本の凝った映画として観ることも可能だ。このバランスの釣り合いはそう簡単にできるものではない。監督の早熟ぶりが伺い知れる。
今作の内容の核心は、終盤に登場人物の男が放つ「結婚は万能薬じゃない。アメリカもまたそうだ。」的なセリフに集約される。例えば、登場人物の男は過去に,女は結婚やアメリカに,若者たちはバブル期の日本に、それぞれ現状打破の救いを求める。しかし、どれだけ個々人が孤独に苦しんでいても、社会の空気が混沌に満ちていても、それを一瞬でスッキリ解決してくれる存在などこの世にはないのである。もしそれを現実のものにしようとするならば、終盤に登場人物の男に降りかかった災難のように、時として社会からの逸脱を迫られることになる。万能薬には人生を奪う力すらあるのである。
そこで万能薬を使わずにどう生きていくかといえば、これもまた監督の他作に通ずるが、妥協点を見つけてそこに着地することだ。つまり、理想と現実のそれぞれに片足を突っ込むことで、良い意味で“夢うつつ”な状態を持続させることができるのである。今作はその成功と失敗が終盤にかけてかなり顕著に表れる映画だ。そういう意味では、現代社会は表面的にはこの“妥協”がしやすい社会だ。登場人物の女の人生の選択も、最終的にはごく平凡なものに落ち着くように、与えられた“レール”から逸脱さえしなければ、まあどうにかなるのである。逆に男(たち)は、このレールを見失ってしまった。妥協点を探す試みを放棄してしまったのだ。やや説明的なストーリーになってしまってはいるが、その分かりやすさが逆に今作の魅力ともなっているように思える。
言わずもがな映像も見事だ。特に富士フイルムのネオンサインや台北の楼閣(?)のライトアップなど、夜景のそれが思わずうっとりするほどに美しかった。

まあでも、どこか1つ突出して良かった点を語れと言われると思わず考え込んでしまう映画ではある。全体的には良いのだが、際立ったものをあまり感じることができなかった。

ところで今作では、社会的な憧れの表象として日本のイメージが頻繁に出てくるが、近年逆に日本が台湾を羨ましがっていることに少し複雑な感情を抱いてしまう。
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