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立ち去った女の映画を見る猫のレビュー・感想・評価

立ち去った女(2016年製作の映画)
4.4
大好きだと激賞したくなるような映画ではない。
だが、見に行って良かったと心の底から思える映画であった。
耳を済ます。目を凝らす。そこに見つける。いる、ある、生きている。
人間という動物の営みが。
一つ一つのショットがまるで動物の檻のようにそれらを捕らえて、出口を塞いでいる。
人生の虚しさを呪うような足音も、呻きも、泣き声も。我々人間の雑多な生活音の一つでしかない。
地を這う野良犬、容赦のない雨、先を見せない宵闇も。
世界を俯瞰する何者かにとってはすべてが等しく同じ扱いを受けるのだろう。
その世界に戦いを挑む、この映画の女主人公は、優しく強い。地獄を見た聖母の愛は深く、此方が泣きたくなるほどに平等だ。
武骨であり、殺伐としながらも、秩序を保ち、安定し続けている固定カメラの長回しに、主人公の精神をなぞりたくもなる。
だがそれならば、カメラが激しく揺れ、世界が震えたあの時に起きた出来事は、映画が始まってから初めて、彼女の精神世界に変化をもたらす出来事だったともいえるだろう。
人に優しいと与えられる言葉に、救われる次元を、彼女は越えてしまったのだろうか。
出口を塞がれた、檻の中の鼠のように、彼女は同じ場所をくるくると回り続けている。
人の僅かばかりの願いは、夢は、叶えられないために、生み出されるのだろうか。映画が終わっても、久々に余韻を拭いきれない。
見る機会があるかは別として、過去作もかなり気になるところ。足を運んで、正解だった。