YasujiOshiba

THE BATMAN-ザ・バットマンーのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

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ネトフリ。23-9。なぎちゃんとアクションを観ようと、ゴジラがキングコングと戦うやつと迷い、けっきょく話題になっているほうにする。話題になるだけのことはある。長いけど、耐えられる。

パットマンの暗さを反復しながら変奏するのがシリーズの魅力。それはわかる。今回のプロットは『セブン』や『ゾディアック』の謎解きミステリー。まあ本家にはまけるけれど、それなりに楽しめるかな。それにしても、アメリカって「ゾディアック事件」(1968-74)がトラウマなんだね。

楽しめたのはニルヴァーナの『Something in the way』が通奏低音になっているから。この曲のイメージがあるから、堤防が決壊しゴッサムが水につかるわけ。そして「サカナに感情がない、だから食べるんだ It's okay to eat fish/ 'Cause they don't have any feelings」という歌詞。それでも「なにかがひっかかる Something in the way」の反復。言ってみれば、そのイメージを立ち上げるための176分。

カート・コバーンの歌う姿はここをご覧あれ:
https://www.youtube.com/watch?v=1YhR5UfaAzM

もうひとつ。ラストのテロのさなか、リドラーの追随者たちが自分のことを「わたしは復讐だ I am vengeance」と名乗るとき、バットマン=ブルース・ウエインはそれが自らの言葉が招いたバタフライエフェクトだと知る。これは実のところいつものやつ、アメリカン・ヒーローがかならず乗り越えなければならない試練なんだよね。

ただ、その試練を最後の最後に持ってくるところが面白い。ヒーローが乗り越える試練のあり方は、さまざまに姿を変えるのだけど、そのあたりを分析すれば、たぶん時代が見えてくる。

さて今回の試練は、自分の復讐心が、そして自分自身に流れる血が、果てしなく増幅してゆく復讐の連鎖の原因だとすれば、それを断ち切るにはどうすればよいのか、というもの。その問いにバットマンはどう答えるか。

殺すのではなく生かす。復讐者である自らの生を一度断ち切り、水の中に沈み、そこから浮かんでくること。そうすれば、彼はその手に赤い希望を灯すことができるというわけだ。それが答えだ。

これって、キリスト教的に言えば洗礼。浮かぶためには一度沈まなければならない。沈んだ者でなければ浮かぶことはできない。だから浮かんできたバットマンは、その灯りを掲げることで人々を導く。その俯瞰がなかなかよい。今までのシリーズで、こういう宗教的な希望のイメージは、たぶん初めて登場したのではないだろうか。

それは今にふさわしいバットマン。世界的な復讐の連鎖が断ち切れないなか、このバットマンは名探偵よろしくその原因を探ってくのだけど、ゆきついたところには自分と自分の血族がいた。そのときの驚きと悲しさとやりきれなさ。

これってたぶん、今のアメリカで、多くの心ある人が感じていることだと思う。では自らの中に原因のある復讐の連鎖をいかに断ち切るか。そのひとつの模範解答がこれ。じつに宗教的な解答であり、じつにアメリカ的なのではないだろうか。
YasujiOshiba

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