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THE BATMAN-ザ・バットマンーのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

バットマンが初めて犯罪に立ち向かってから2年。ゴッサムシティでは、不可解な連続殺人事件が発生する。それぞれの現場には、バットマンに向けた謎のメッセージが残っていた。事件の解決に動き出したブルース・ウェインは、自身の家族も深く関わるゴッサムシティの腐敗に直面することになる。

DCコミックの人気キャラクター、バットマンが再びリブート。
今さらどんな方向性を打ち出すのかと思えば、「ダークナイト」+「セブン」+「ジョーカー」といったところ。
既視感は強いが、ひたすら暗く、ノワールな雰囲気を持った探偵物語である。
ヒーローものと言うよりは、謎解きサスペンスの秀作と言えるだろう。

本作のバットマンは前髪が長く、ナイーブな雰囲気の青年ブルース・ウェイン。
犯罪者退治に於いて経験豊富ではなく、多勢に無勢な状況にも無謀にも突っ込んで行くような危うさを見せる。
また、大富豪の父親の遺産を継ぎながらも、慈善活動やウェイン産業の経営などの表立った活動はしておらず、昼間は殆ど自宅に籠りきりという生活を送っている。
世間を欺くためにプレイボーイとして浮名を流すこともなく、執事アルフレッドはブルースを心配するばかりで、さはど協力的ではなく、息のあった洒落た掛け合いもない。
本作のブルース・ウェインは悪者への復讐に囚われた自暴自棄な印象である。

彼が覚悟を決めてダークヒーローになろうとしていく姿と、社会に蔓延する嘘を暴いていく知能犯リドラーによってブルースの人間としての本性がむき出しにされていく様を描く。

ゴッサム市長殺人事件が起こり、史上最狂の知能犯リドラーが犯人として名乗りを上げる。
リドラーは市の有力者を次々と殺害しては、必ず犯行の際に「なぞなぞ」を残し、警察やブルースを挑発する。
本作で執事アルフレッドの変わりに、孤独なバットマンの良き理解者となり、サポートするのはジェームズ・ゴードン警部補だ。
同じ犯罪を憎む者として、バットマンを現場検証に参加させ、情報を与えて、共同戦線を張る。
若く才能があるはみ出し者と、ベテラン刑事のバディもののような様相となって行く。

昼であろうと摩天楼の影に日が差し込まず、雨が降りしきる暗い雰囲気のゴッサムシティで、謎を残す偏執狂の犯人を追う様子はデヴィッド・フィンチャー監督の傑作サスペンス「セブン」を彷彿とさせる。

陰鬱な世界で、ヒロインのセリーナ・カイルことキャットウーマンとの犯罪被害者同士の心の傷を舐め合うようなプラトニックな恋だけが本作唯一のバットマンの救いだ。

やがて権力者たちの陰謀やブルースにまつわる過去、ブルースの亡き父が犯した罪が暴かれていく。
リドラーが標的としたゴッサム・シティの裏社会のボス・ファルコーネは、かつてブルースの父が、妻のスキャンダルを掴んだ記者を黙らせることを依頼した相手。

品行方正だと父親を信じ、悪に立ち向かっきたブルースの正義感が揺らぐのは新しく感じる設定だ。
悩める青年ブルースだが、それでも罪の無い市民が巻き添えになるリドラーの都市破壊計画に葛藤を超えて奮起し、人々を助ける姿は、一皮剥けた成長を感じさせて感動的ですらある。

一方でマフィアの買収に負けず、ファルコーネ逮捕に集う警察官の姿、911を彷彿とさせるがリドラーの起こした爆破による水害に際し、懸命に救助活動をする警察の姿もまた感動的だ。

その正義の光を描くには、やはり圧倒的な悪の存在が欠かせないのだが、本作のリドラーの正体が都会に埋もれ、肥大化した承認欲求を抱えた一市民であることが「ジョーカー」を彷彿とさせる。
孤児院に育ち、何者にもなれぬ人生から脱却を図りたいと行き着いた先が連続殺人と破壊だったとは…。
彼もまた都会の犠牲者であるのが「悪党」と言うよりは哀れな人間だ。

そしてリドラーに賛同する人間がネット上に集い、リドラーの想いを遂げようとする姿は現代におけるSNSの闇である。

「ジョーカー」ほど退っ引きならない状況に追い込まれたなら同情は出来よう。
だが、間違った方向で人から認められようと言うのは、はた迷惑で同情ができない。
リドラーほどの計画と実行後の反応を予測できる発想があれば、大概の仕事は出来ると思うのだが。
また手本としただろう「セブン」の悪役ジョン・ドゥほどの覚悟と救いようのない陶酔的なナルシズムも感じられない。
最後は「ジョーカー」らしき男と高笑いして、イカれた風情で終わるのが勿体無い。
知能犯は最後まで知性溢れる知能犯であって欲しかった。
演じるポール・ダノは決して悪くない。
素顔の穏やかな普通の男な見た目に反して、奥底に眠る狂気が現れる意外性は、震えが起こるほどだ。
脚本の設定のせいだろう。

ゆえに、長尺を労したというのに惜しまれるのは、ブルース・ウェインとリドラーの心理描写が深く描かれていないこと。

両親を殺された過去を持つ青年ブルースが犯罪者に復讐を誓い、「バットマン」となった定番の経緯がごっそりと無いのは「一見さん」にとって不親切。
リドラーにしても世間から疎外され、誰にも認められず、犯罪で世に復讐する経緯が長尺の中で描かれるべきだったのではなかろうか?
そこが描かれてこそ、恵まれた人間ブルース・ウェインと疎外される人間リドラーの「光と影」の戦いが運命的なものになったのではないかと個人的には思う。

正直なところ、女性軽視と言われようとも男を狂わすファム・ファタール(運命の女)になりきれていないキャット・ウーマンは、このノワールな探偵物語では浮いた存在に感じる。
次回作での登場でも充分だったはずだ。

それ以外は謎を紐解くハードボイルドな探偵と刑事コンビの素晴らしいノワールである。
本作の最大の見どころは、自警団であるバットマンと、汚職とは無縁の正しい警官ゴードンの、言葉になど頼らぬ正義の行動だろう。

本作も続編が作られるだろうが、初っ端からこのハードな世界観とテンションの高さは期待値が大きい。
今後も期待出来るシリーズの幕開けである。
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