SatoshiFujiwara

家庭生活のSatoshiFujiwaraのレビュー・感想・評価

家庭生活(1971年製作の映画)
3.8
言うまでもなかろうがイギリスはあからさまかつ淫靡な階級社会である。アッパークラス/ミドルクラス/ワーキングクラス(要はブルーカラー)。

各々が自身の出自=階級をなんとはなしに弁えており、それぞれに見合った振る舞いをするべく「階級に自我を当てはめる」。日本などは基本的には総中流社会であって一応の平等意識があるわけだから、この平等=競争原理に則った結果としての「不平等」が生まれるのは致し方ないが、反面「努力すれば這い上がれる」ということもまた言える(これもまた建前なのは論を俟たない)。で、ある意味では階級社会の方が良くも悪くも自分の領分が規定されている分安定しているとも言える。

何が言いたいのか。本作にあからさまに露呈しているのは、イギリス社会に巣食う陰険な抑圧の構造である。領分の規定は、安定の反面その抑圧が深淵に澱のように沈殿していき、挙句の果てに爆発する。

あるいは自己成就予言。娘のジャニスは知らぬ間に病人の烙印を両親から押されており、いくら未婚の身でいささか男関係が派手、男と寝た挙句妊娠したからとて病人ではあるまい。あまりに両親がジャニスを病人扱いするために、ジャニスは次第にそう思い込み実際に精神は不安定になって行く。健全/病気、という単純な二元論的構図でジャニスを捉えている両親は、何が何でもジャニスを病気と思いたがっている(ちなみにやたらとセックスについての話が両親や医師から出て来るが、一見堅実で真面目な初老の夫妻もまた性的に抑圧されていることが分かろう)。ラストシーンがまた静かな戦慄を観る者に呼び起こすこと必至。

ケン・ローチはよく社会派監督なんて言われているけれど、本作なんぞはそのローチの本領が遺憾なく発揮された作品なんじゃないか。観ていると段々と陰惨な気分になって来るので、そこは忠告しておく(苦笑)。
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