笹井ヨシキ

散歩する侵略者の笹井ヨシキのネタバレレビュー・内容・結末

散歩する侵略者(2017年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

黒沢清監督最新作ということで鑑賞して参りました。

黒沢清監督の映画は、錆びれて朽ち果てた人工物が放置されたかのような生気のない世界で他者に干渉せず生きている虚脱した人々が、ふとしたきっかけで僅かなコミュニケーションの摩擦を生じさせ、破滅あるいは救い、もしくはその両方を手に入れていくという作品が多い気がします。

特に「リアル~完全なる首長竜の日」以降の作品はそれまでにはあまり観られなかった「愛」というモチーフが押し出され、ウェットな着地も織り交ぜながら商業的娯楽性を担保しつつ独自の世界観も突き詰めていく試みが為されているという印象で、今作はその集大成とも言える作品でとても面白かったです。
(恋愛要素のない「Seventh Code」や作家性炸裂の「ダゲレオタイプの女」など例外もありますがw)

まず言えるのは黒沢清作品の中でも一番エンタメしてる!
去年の「クリーピー」もアヴァンギャルドの姿勢を保ちつつ万人に開かれたバランスの良い作品でしたが、今作はそれ以上に取っ付きやすく単純に笑えて面白いです!

概念を奪う宇宙人が地球人の体を乗っ取り、何かに依存したり抑圧されたりしながら生きる地球人に窮屈さを感じるという一種のカルチャーギャップコメディの様相を呈し、宇宙人が純粋ゆえに起こす奇天烈な行動に萌えますw

特に松田龍平演じる真治の愛嬌は素晴らしいですね!
人間の体に適応出来ず上手く歩けなかったり、敬語がタメ口にいきなり切り替わったり、犬に「まるで話が通じない」と言ったり、映画秘宝のインタビューで監督が「彼は出来立てホヤホヤ感がある」と仰っていましたが、正にダメな子ほど放っておけない不思議な存在感があったと思います。

恒松佑里ちゃん演じるあきらの向こう見ずで怖いもの知らずゆえに起こすクレイジーな言動も愉快で、彼女がオープニングで巻き起こす凄惨さを超えたドタバタは「この映画はコメディなんだ!」と一発で示す優れた掴みでしたね。

黒沢監督は「ニンゲン合格」などでも証明されている通り、実はコメディの演出も卓越しており、その手腕が遺憾なく発揮されていると思いました。

最近の黒沢映画のトレードマークともいえる影や風を使った独特な演出も良かったです。
天野と桜井がやり取りしている時に見せるバンの影を使った「人ならざる者」のシーンはカットの切り替わりを利用した映画的な見せ方でとても良かったし、恒松佑里ちゃんの退場の際に消滅の影が彼女を覆うところも怖かったです。
真治が満嶋慎之介演じる丸尾の「所有の概念」を奪うシーンで風車を使った演出も、目に見えないものの存在感を感じられる素晴らしい風の使い方でした。

概念を奪われた人間が憑き物が取れたかのように解放されていく展開は、ライトな「CURE」という感じがして、無意識に自縄自縛している現代人への皮肉にもなっており興味深かったですね。

宇宙人たちのガイドとなった鳴海と桜井が彼らと接するにつれ、概念に縛られ動こうとはしない、或いは極度に排他的である人類に嫌気が指し、宇宙人と絆を深めていく終盤では、
二人が失い欠けていた「使命感」や「愛」の概念を取り戻すものの、その直後には終わりを迎えていく何とも切ない末路となっていて「回路」や「ニンゲン合格」のような生と死の実感が同時にやってくるラストは、存在論的真理に肉薄するような感触を帯びており面白かったです。

終盤のあえてチープな侵略シーンも賛否別れるところだと思いますが、自分は好きです!
あの言ってしまえば迫力のない侵略シーンは、他人への不干渉ゆえにあっけなく滅んでいく黒沢清的な世界観の末路を表しているようで好きだったし、何より古いSF映画への愛を感じました。それまで人間の姿でしかなかった宇宙人の本物感もあそこで初めて実感できて満足でした。

あと長澤まさみが真治とはぐれてしまい、必死で彼を探しているときのカメラワークや空間の不穏さ、エキストラの(良い意味で)気持ち悪い感じとか、宇宙人たちを追う連中の浮世離れしすぎていて逆にとぼけた感じとか、真治が自分の中に別の意思を持ち始める「ドッペルゲンガー」っぽさとか、琴線に触れるシーンが沢山ありました。

あえて言うなら概念を奪われた人々のその後はもうちょっと描いても良かったのかなと思いました。特に「家族という概念」を奪われた前田敦子演じる妹のその後はかなり気になりますね。ドラマなど色んな展開がされてるらしいので、そちらで描かれるのかな?

とにかく万人にオススメできる新たな黒沢清映画の誕生という感じで、哲学的な部分や現代社会の不安を描きながらもちゃんとエンタメしているところが楽しい作品でした!
次は今作のような娯楽性重視の作品になるのか、はたまた作家的資質がストイックに炸裂した作品が来るのかわかりませんが、どちらにしても必ず鑑賞したいと思います!
笹井ヨシキ

笹井ヨシキ