ryosuke

Mのryosukeのレビュー・感想・評価

M(1951年製作の映画)
3.7
言わずと知れた映画史上の傑作のリメイクだが、意欲的な試みというよりはアメリカの俳優で撮り直そうという商業的なものだったのかなと思ってしまったのは否めない。ジョゼフ・ロージーほどの監督なのだから、もっとオリジナルな解釈があっても良いと思うのだが、想像していた以上に細かいディテール、ショット(例えば食卓の皿の無人ショットに重なる母親の娘を呼ぶ声、カフェで休む殺人鬼を障害物越しのズームで捉えるショット、警備員を脅すシーンの拳銃のクローズアップの差し込み方等々)までほぼ一緒だった。同じような素材なのに最初の殺しのシーンの切れ味もラング版に負けてるもんなあ。比較しなければ普通によく出来ているのだが、ラングの原作と続けて見てしまうと無難なリメイクとしか感じられないところが多かった。
自室にいる犯人の顔だけが漆黒の闇に包まれた登場は良いが、粘土の女体の首をねじり切るというのは如何にも分かりやすい狂人描写という感じでどうもミステリアスな魅力が落ちている。流石に勝ち目が無いのでピーター・ローレと化け物対決をしないのは賢明なのかもしれないが、それにしても本作のデヴィッド・ウェインにはイマイチ印象に残る顔がない。哀愁が失われた(口)笛の音色の魅力すら敗北している。
逃走劇のシーンは、ラング版のどこからともなく人物が現れて包囲される静的な不気味さに対して、本作では上下運動を用いたダイナミックな活劇になっているがこれはこれで良い。大階段を一気に駆け下りる勢い。ビルに逃げ込んだ犯人と少女が階下を見下ろす様を俯瞰で捉え、そのまま上昇するエレベーターのフォロー撮影に移行し降りてきた警備員をフォローするまでのワンカット。獲物を発見したとの報告を受けて上階に向かうギャングたちのエレベーターが動き出すと一緒にカメラも上昇していくショットも気持ち良い。エレベーターの使い方が良かった。このビルは「ブレードランナー」でも使用されたブラッドベリー・ビルだったようだ。ビル内のシャープでパキッとした明暗のコントラストは「キッスで殺せ」の撮影監督アーネスト・ラズロらしい仕上がりだった。
ラング版には無かった空間として、犯人が閉じ込められる部屋がマネキンだらけの部屋になっているのだが、これは彼の異常な心理状態の反映のようで良かった。上から大量の足がぶら下がっているビジュアルが素敵だし、鍵を開けるための道具をマネキンの頭でぶっ叩いて整形し、マネキンの頭が粉々になっていくのも良い。この部屋の、換気扇?的なものが回っている横で円形に並べられたマネキンの足が回転している装置は、ラング版のショーウインドーの中の渦巻と上下運動する矢印の代わりかな。ビルに子供を連れ込んでいるのがラング版からの一番大きな変更点の一つだが、その足された要素は特に活かされなかった。
人民裁判の狂気に関しても、ギャングのトップが警察に恩を売ろうと考えて興奮する群衆を抑えようとしたりするため、利害の要素が混入して薄まっている印象はあるな。飲んだくれの弁護士の描写が分厚くなっており、原作には無かった銃声も鳴り響く。とはいえ、弁護士の男が何に罪を感じていたのかよく分からないため、死体が無造作に転がってきてもどう消化してよいのかというところはある。
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