むーしゅ

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルのむーしゅのレビュー・感想・評価

3.7
 アメリカのフィギュアスケート界で起きた「Nancy Kerrigan襲撃事件」の重要人物Tonya Hardingの半生を描いた作品。実は、この事件自体は知らなかったのですが改めてすごい事件ですね。


・史実を基にした新しいスポーツ映画
 本作が描く「Nancy Kerrigan襲撃事件」は、1994年にアメリカで実際に起きた事件であり、五輪選考会の会場で出場者のNancyが何者かに襲われ欠場し、その首謀者が選考会で優勝を果たしたTonyaなのではないかという事件です。事件事態が現実とは考えづらいほどインパクトがあるのですが、事実がどうかは別としてその事件をTonyaに同情的な立場を取りながら物語として構成しています。しかも本当に同情的な作品にしたいかと言えばそうでもないらしく、Tonya側とは意見の異なる周辺人物へのインタビューをあえて挟みながら進み、結局何が正しいのかわからないという矛盾だらけ。更にそのインタビューは所謂モキュメンタリースタイルになっており、時に第四の壁(観客との間の壁)を破ってくるという何とも破天荒なスタイルなんですね。

 脚本は「ニューヨークの恋人」のSteven Rogersですが、これは完全に彼の罠にはまります。この破天荒さが何だかだんだん心地よくなってくるんですよね。史実を基にしているのに大胆に物語を再構成していくという試みが、新しいスポーツ映画を誕生させたなと感動しました。

・違いすぎる母と娘の言い分
 物語の鍵となるのは娘であるTonyaと母との関係性です。幼い頃に父が出ていって以降、女手ひとつで育てられたTonyaですが、母との関係性は最悪。それにより幼少期の出来事についてお互いの言い分があまりにも食い違います。最初は親子げんかくらいに考えていたのですが、物語が進むにつれて人間は結局自分に都合が良いように記憶を改ざんしているのではないか、と思えてきました。登場人物全員がちょっとずつ自分が悪くならないような事実改ざんをしているようで、最終的に真実が全然見えてこない。これって現実でも実はよく起きてますよね。母娘のすれ違い的な物語にすることもできたと思いますが、あえてこんなにもカオスな設定を作り出していることが魅力的であり、端から見ている面白さがある反面、自分の人生を言い訳的に生きないように釘が刺されている気分です。

 ちなみに本作で母親役のAllison Janneyはアカデミー賞の助演女優賞を受賞していますが、エンドロールに登場する本物と比べても瓜二つな鬼母を見事に演じています。基本は最低な親なんですが、それでも娘を気にしてしまう不器用な眼差しが見事です。人によっては非常に受け入れがたいキャラクターですが、一歩下がってみると意外とチャーミングなので是非そのあたりも注目してほしいですね。


 本作は史実に対し、脚色ではなく、色眼鏡も混みで立場の移動により物語を強化している、という発想勝ちな作品ですね。その新しいスタイルとTonya自身の型破りの性格がうまくマッチし、一周回って彼女が好きになってきます。

 以前、とある元アスリートの方のお話を聞いた際に「五輪に出るような選手は性格は悪いものだし、逆にそこまでいかないとメダルなんて取れない」とおっしゃっていましたが、それくらい追いつめられるプレッシャーの中で日々生活をすることに耐えるということがどれほどのものであるのかを改めて痛感する作品でした。スポーツ映画が好きな人にも、苦手な人にも是非チャレンジしてほしい作品です。
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