海

ワイルドライフの海のレビュー・感想・評価

ワイルドライフ(2018年製作の映画)
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幼いころ、自分の見たもの聞いたものはいつまでも母と共有し続けていくものだと思っていた。帰り道に一人で見た燃えるような夕焼け、バスの中から友達と見たおだやかな海、すぐに母に伝えることも帰ってから言葉で表現し切ることもできなかった自分が、ひどく悲しかった。なんて無力なんだろうと思った。仕事を始め、誰かと出会ったり別れたりを繰り返すうち、人と人との間に起こる些細なすれ違いには慣れた。久しぶりに会った友人と同じものを見て笑えなくなっていてもすぐに諦めてしまえるようになった。感動したことを一つもこぼさず表現していくことは不可能だということにも気がついた。何も追いつかないから夜になるたびなんだか泣けてきて、でも朝になるたびきちんと起きて顔を洗って家を出る。そうだった、大人っていうのは子供が思っている以上に、複雑なことを適当に済ますことができるし、簡単なことのたった一つに馬鹿みたいに躓き続ける生き物だった。ちぐはぐなままの結末だってこんなにいとおしく感じる、それもまた適当に馬鹿みたいに思うがままにね、夜、駅から家までの道を、自転車を押しながら帰るのがずっと嫌いだった。いつから好きになったんだっけ。母に買った一輪花を、自転車の籠に乗せて帰ったあの日からだった。家に居ると猫がつきまとう。洗面所にもトイレにもどこにだってついてくる。猫が見上げてひと声鳴くとわたしが名前を呼んで撫でる、わたしにとってそれが当たり前であるように、猫にとってもまた当たり前のことであってほしい、できるならいつまでも、そばに居られるかぎりずっと。
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