りりー

わすれな草のりりーのレビュー・感想・評価

わすれな草(2012年製作の映画)
3.8
アルツハイマー型認知症のグレーテルと、彼女を支えるマルテ。そんな二人の日常を、ドキュメンタリー作家である息子・ダーヴィットが撮影した、私的な作品。認知症に介護と、深刻なテーマながら、軽やかで愛に満ちている。

夫のことや息子のこと、自分のことさえもわからなくなっていくグレーテルの姿に直面したダーヴィットは、彼女の人生を調べ始める。平和主義者の父を戦争で失ったこと、言語学で修士号をとりテレビ番組の司会をしていたこと、政治活動に没頭し"革命の母"と呼ばれたこと、マルテとの自由恋愛を掲げた結婚のこと…。グレーテルもマルテも、モデルや役者のような風貌で、体験した出来事もドラマチックなため、明かされる二人の過去はまるで映画のようである(このグレーテルの人生を追っていくパートには、本作と同じく家族を題材にしたサラ・ポーリーの『物語る私たち』(2014)を連想した)。マルテが結婚しても複数の女性と関係を持っており、グレーテルにも愛人がいたエピソードが象徴するように、彼らの結婚生活はお互いに干渉しないもので、そのことに二人は満足しているはずだった。しかし、グレーテルが認知症を発症したのち、マルテはグレーテルの日記を見つけ、当時のグレーテルの気持ちを知る。定年後は数学を楽しみ過ごすはずだったマルテは、グレーテルの介護と家事と庭の手入れに明け暮れることになった。自分だけを見てほしいというグレーテルの願いは叶ったことになるが、当のグレーテルはその願いをもう覚えてはいないだろう。そう思うと切なくなったけれど、お互いを慈しむ二人の姿には暖かいものが感じられた。そう、マルテは間に合ったのだ。

介護に愛はあったほうがいい。しかし、愛だけではどうにもならない。愛を主題にしながら、そういった視座も示すところが誠実でよかった。
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