喜連川風連

羅生門の喜連川風連のレビュー・感想・評価

羅生門(1950年製作の映画)
3.5
原作の秀逸さも相まって
それを完璧主義の黒澤が仕上げた古典。

縄が切られた。男が殺された。多襄丸が捕まった。

断片的にある事実の間を無数の証言とそれに基づくストーリーが駆け巡る。

当人たちは語るどれもこれもを真実だと語り、真実は藪の中。

まるで、歴史叙述のよう。

どれだけ証拠を集めて、真実らしさを追求しようとも、それが絶対的真実である保証はない。
信じる人が多ければ多いほど、それが真実となる。

真実は人間の「こうありたい」という欲望でいとも簡単に捻じ曲げられてしまう。

人間の業や欲望といった本質的面白さを描いた今にない部類の映画。

単純な性善説か、性悪説かではない、人間の心の機微。
人間は善人でありたいと願いながらも、心の内で欲望を抱えている。

ラストシーンの志村さんの顔に僕たちは何を思うだろう。
喜連川風連

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