笹井ヨシキ

彼女がその名を知らない鳥たちの笹井ヨシキのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

白石和彌監督最新作ということで鑑賞して参りました。

白石監督は「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」「女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。」を観たことがあるのですが、世の中的には批難されるダメ人間、または悪人にフォーカスを当て、その人たちの人生から見える美学や信念、図らずも共感してしまう一面を掘り起こすことに長けた監督で、特に汚職に手を染めながらも「仲間と楽しく青春したい!」という主人公の悲しいくらいに無垢な心に思いを寄せた「日本で一番悪い奴ら」は昨年の実写邦画でもトップクラスに大好きな作品でした!

今作もその手腕が遺憾なく発揮された作品で、自堕落で無責任で自己中心的、決してリアルでは関わり合いになりたくない登場人物たちの中にある進退窮まった閉塞感と純真さ故の狂気を、擁護もしないけど作り手なりの愛着を持って描かれている作品で面白かったです。

まず役者陣の演技が良いですね!

蒼井優は「どうしてこうなったか今となってはわからないし、思い出したくもない」といった中年に差し掛かった女性特有のイライラを抱える主人公・十和子を怪演しています。自分の人生が上手く行かない原因を関係のない他者に転嫁するためにネチネチとクレームで当たり散らし、同居人である陣治の献身には目を背け悪態をつく、周囲のことなど考えていないクソ女ですが、一方で自身の満たされない愛に不安や焦燥も感じており、美化された過去と高望みした未来に溺れていく弱い一面も持ち合わせており、両面を持ち合わせた人物像をギリギリのバランスで演じています。

そんな十和子の現実、過去、未来の象徴として登場する陣治、黒崎、水島を演じた3人もそれぞれクセのある人物を怪演しており素晴らしかったと思います。

一見スマートに見えて実は薄情で卑劣な黒崎と水島の甘言は十和子を束縛し続け、現実と向き合うことを逃避させていき、
一方でいかにも汚らしく下品で容量の悪そうな陣治は、十和子が対峙すべき現実の象徴であり、彼の狂気に近い献身を知った時、十和子はようやく過去と未来の鎖を断ち切りずっと寄り添っていた愛の大きさを知る。

幸せの幻影の象徴である黒崎と水島、泥臭いけど真実の愛情を持つ陣治、両者の対比にこそ今作は見応えがあるのだと思いました。

演出も秀逸で、十和子と陣治が暮らす部屋の散らかり具合はとてもリアルなだけでなく「物を捨てられない=過去に執着し続けるダメ女」というセリフに依らないキャラクター描写となっていて巧かったし、監督自身こだわり抜いたという食事描写も良かったです。

犯罪を告白した後に冷凍の肉を焼いて食う、というのは普通なら有り得ないけど、常ならぬ秘密を抱えた二人の関係においては説得力があり、「気まずい今この時をやり過ごす」というような暗黙の了解=信頼関係という感じの雰囲気が感じられ良かったです。

さり気なく「子どもの不在による不幸」を散りばめている所も面白く、姉夫婦との微妙で意地悪な距離感には、十和子の無意識の嫉妬と焦燥が現れており、陣治が十和子に「子どもを作る」という最後の約束をして去るという所も、逆説的に「子どもを持つ大切さ」みたいなものを謳っているようで良かったです。

あえて言うなら、ラストのくだりは、真実が判明してからも割とグダグダ説明っぽいセリフのやり取りが続くし、陣治の回想も重ねてしまうので「長いな」と感じてしまいました。ここを間延びさせるくらいなら一層セリフを減らして、陣治の回想も軽くフラッシュバックさせる程度にするとかの方が良かったかもしれません。

あと野暮を承知で言うと、陣治は「罪を背負って身投げする」わけですが、明らかな自殺だと保険金が十和子に入りませんよね?もちろん、あの行動は「十和子の罪を被る」という事が目的なので、金はそんなに関係ないのかもしれないけど、保険金についての言及も劇中でチラッと出てきているし、十和子は働かず陣治の稼ぎで生活してたはずなので「究極の献身」を描くならそういうノイズは隠した方が得だったと思いました。

とはいえ、白石監督らしい人間の汚い部分を存分に引き出し愛着も持てる作品でした!
次作は役所浩治主演のヤクザ映画ということなので今から楽しみです!
笹井ヨシキ

笹井ヨシキ