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イット・カムズ・アット・ナイトのotomisanのレビュー・感想・評価

4.1
 ヒトとイヌの共通感染症というだけで十分意地が悪い。「それ」が潜む闇への番人としての相棒を最初から罷免されてしまった格好だ。しかし、無駄吠えと不服従のスタンレーでは到底ものの役には立たないだろう。
 感染症に昼も夜もあるまいから、「それ」は別の何かなんだろうが、空想的化け物以外なら「それ」は人間に違いない。そもそも病気を避けてポール一家は森の奥の山荘に籠るのだが、その山荘の大きい事、家族3人には防衛線が大きすぎてそれだけで不安になってくる。その不安とはもちろん病気にではなく襲撃者、侵入者に対してである。
 下界では200km移動しても人っ気まるでなしというのに森を抜けるまでに襲撃者2名射殺の大ごとだ。しかし、それは当然。ポール一家が山に逃げ込むなら誰でも同じことを考える。感染の恐れが少ない山に入り山賊生活で生き延びるのだ。それには、鉄砲が不可欠で、頼れる相棒がいるに越したことはない。だから、ポールも素性不明の流れ者ではあるが、ウィルとその家族3名を引き入れるのだ。しかし、乱世に不慣れな2家族6名は互いの感染の疑い、更にポールの息子トラヴィスの好奇心?若気の至り?情緒不安定?夢遊病?悪夢に駆られたらしい心神喪失下での愚行蛮行?のために敢え無く分裂してゆく。
 ここに至って、「それ」の新たな候補がいわゆる「夢魔」として浮かび上がってくる。しかし、それは若いトラヴィスのこころの闇の作用でもある。ともあれ、それが高じて森の砦は守りを崩され、トラヴィス自身もついに殺人者となる。すでに無法世界のこの地で遅かれ早かれ彼も誰かを殺す事にはなるだろうが、それが身内として迎えたウィルであることに救いのなさを覚える。また、トラヴィス自身も救われがたい我が身に、まだ生きてあることに苛まれるのだ。
 結局、虚に吠えたスタンレー以外、病気で死ぬ者はなく、化け物も敵襲もないまま、内輪の争いの末にポール一家にみな殺されてゆく。最後に夢遊病の果てか感染を悟り姿をくらますのかトラヴィスが消えてポール夫婦だけとなる。
 次にどちらが斃れるのだろう。どちらにせよトラヴィスを失って何か永らえる謂れがあるだろうか?しかし、ポールが最後なら、もう失う者もなく、やっとこころ置きなく誰とでも戦えるだろう。さらに、真に頼れる相棒を得たなら最強の山賊として生き延び、そうなれば、ローマ帝国の興亡が記されたようにポール一家が如何にして当地の人類を壊滅させたか、当時の追い詰められた心の内を振り返る証言と論考を残せるだろう。それこそポールの史家としての務めだ。そのとき、死体としての「それ」あるいは家族を脅かした人間以下の外道どもたる「それ」として物扱いされてきた者たちも、たましいを持つ「彼ら」としてよみがえるのかもしれない。彼が記述できない事があるとすれば、ほかでもない闇に没したトラヴィスであろう。ポール一門の短い歴史を終わらせたトラヴィスの闇だけが何も知りえず記しえずに閉ざされるのだ。
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