すがり

マザー!のすがりのネタバレレビュー・内容・結末

マザー!(2017年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

ただwowowで流れていた。
そこでの触れ込みでブラックスワンの監督作だという情報だけをいただき観賞に至る。

ブラックスワンはまた、大好きというと少し違う気がするけれど、他の例を容易に挙げられない程に自分を侵食してきた映画で、そうであれば今作も観るより他は無い。

始めのうちはエドハリスいたー!くらいの本当に軽い気持ちで観ていた。
そして彼が招かれ夫との温度差に悩み、彼の嫁が登場したところまではよくある導入だと思っていた。

が、そこからは何もかもが急変する。
ただただ怒涛。
何の理由も、その理解も無く、画面から目が離せない。

途中で感じていたことも含め、終わってからは考え込んでしまった。
それでひとまずここのレビューを見てみるとどうやらキリスト教の神話的下地を持つ物語だということらしい。

確かに、合点がいく。
一見意味不明に思えた物語の展開や人物像なども宗教に従ってみれば整合性の取れた物なのかもしれない。

しかしその納得だけではこれ程の好印象にはならない。
というよりも、自分の考えていた内容とその納得を組み合わせることで一気に侵食が進んだ。

始め考えていたのは、昨今のマイノリティを対象とした意識に関する比喩なのではないかということ。
内容がなんであれ、主役格であるこの妻は作品内において圧倒的な少数派を演じることになり、それは一瞬たりとも緩まない。
きっと何かを理由に少数派の立場を取る場合、程度の差はあってもこの妻と同じような状況に陥っているに違いない。
今作はそこで数の暴力にもさらされる。
水回りの破壊なんかあれもう日常的なイジメの心理状況だよね、心苦しすぎて泣くかと思った。

昨今とくに盛んなマイノリティに限らず、もっと普遍的な、食い違いから生まれる少数派、村八分。
そういった同調圧力的な部分も見つけることができる。
2017年のザ・サークルでも見え隠れしていたけど、あらゆる共有の行き着くところはやっぱりそこしか無い。
それを感じさせておいてしっかり見せつけてくれるところは、グロテスクではあったけどある種の感動を生んでくれた。


ただこれだと家自体の腐敗が分からない。
そこで次に映像そのもの、映画そのものが何もかも比喩なのではと考える。
つまり、夫は作家、詩人であるから、映像は全て夫の脳内での出来事であり、創作の過程を映画として表現したのだと。

妻や家というのは創作のきっかけとなるワンアイディア。
そしてそれらを象徴する結晶、核。
そこに創作における情報収集や新しい発想が訪問者として登場することで作品は進捗を得るが、その道中できっかけのワンアイディアが対立することも崩れることもある。
これは実際にしばしば起こることで、例えば過去読書感想文の提出を求められて書き出したは良いものの、段々と何を書きたかったのか曖昧になっていったような経験は無いだろうか。

こうしてみると脈絡のない怒涛の展開も、脳内であればこそ、夢に似た無意識の動きであると納得もできるし、編集の台詞にも奥行きが出る。
詩人のある種異様な神格化にもそれは発見されるように思う。

宿された子種などはまさに作家とアイディアの結実によった作品そのものであり、最終的な共有と四散はあまりにも当然の結果と言える。

そして創作世界の崩壊を迎えたアイディアは、後の新しい発想や作品を生むため、家という固定観念を焼き払い、次のアイディア足る核を残して意識の奥へと霞行くのみとなる。


監督の前作にノアがあるという事と、宗教的神話を下敷きにしたという点は結びつくだろうし、そうであればきっと私の感じ取ったものは正しくないかもしれない。

この映画が好きなのはそれすらも受け止める映画という受け皿の可能性を見せてくれるところで、それはつまり私のようなものが映画を観ても良いのだという肯定感に繋がる。
観る人の抱える背景によって同じ物でも感じ方が異なるというのは了解された事実だと言えるし、今作では宗教的心得を持たない私のような者が観れば神話を一つのスタート地点とする事は難しい。
重要なのはそれでも尚映画としての表現を得られるという点だ。

そういう世界を構築してみせ、それは結果的にかもしれないが。
また破綻を生み出しつつも破滅には至らない、こんなことは誰にでもという訳には行かない。


登場人物に固有名が無いのも良い。
常々作中の名前など必要ないのでは無いかと考えていた。
私は、本来人物が物語上の単なる役割として傀儡化しない事、つまりモブ化の防止を目的に名付けられているという認識でいて、それなら役割のみを持ってして傀儡の脱却が出来るならどれだけパワフルだろうかと、それは面白いに違いないと思っている。
意図がどうであれ、その理想形の一つを示してくれた今作にはその点でも感激がある。


そんな監督と映画の持つ観を大変嬉しく思って、次回作にも注目していきたい。

あ、でもノアはあんまり好きじゃないです。
すがり

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