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この世に私の居場所なんてないのkuuのレビュー・感想・評価

3.8
『この世に私の居場所なんてない』
原題:I Don't Feel at Home in This World Anymore.
製作年2017年。上映時間93分。

ちょい長いタイトルやなぁ。
友達が送ってきた映画の中には恐ろしく長いタイトルのマルキ・ド・サドの作品があったけど、あまりにも長いし、観るのを躊躇してるけど、今作品の長さなら気後れはないかなって見始めた。
どうでもいいのですが😅一番最後にその作品の長いタイトルを記しておきま~す。

孤独な女性がふとしたことから恐ろしい犯罪の世界に巻き込まれていく姿を、ブラックユーモアを散りばめながら描く米国産クライムサスペンス。
俳優メイコン・ブレアが監督・脚本を手掛け、メラニー・リンスキーが主演を務めてます。
彼女の相棒トニー役をイライジャ・ウッド。
共演にジェーン・レビ。
イライジャ・ウッドはハードロックバンド『アルカトラス』のボーカル、グラハム・ボネットのミニチュア、メタルフリークで登場。
味が出てきた。

平々凡々 凡庸拒絶
孤独迷走 貞操抗体
煩悩妄想 脳内冷静
暴走伝達 電導体友
現実幻想 永遠蒙昧
早々 絶境 小絶叫
誤解誤応連発不正解
感情抹消 意気消沈
世界は愚か者で溢れてる。
見知らぬ奴は無礼な振る舞い、
そりゃもう天手古舞。
人を助けることを仕事としてりゃ、
己の不満から他人を粗末にしてまう。
残酷が恩情勝ることは日常茶飯事。
沈痛避けられぬ事実で、
ルース(メラニー・リンスキー)はそのこと十分認識当たり前。
毎日、まいにち看護助手の仕事を終えて帰宅。
孤独、孤独、疲れた孤独。
酒と処方薬援助で全て紛らわす。
そんなそんなある日のこと。
家に帰ると泥棒盗人窃盗犯、
誰か知らぬ間にまに入ってた。
悲しい日常に更にピンチ。
ノートパソコン、
薬に家宝の銀食器すべてなくなって、悲しやルース。
ポリスは他人事。
普通に書きます🥺。
頭痛くなった人🙇‍♂️。
役に立たないので、携帯電話のアプリで盗まれたノートパソコンの場所を確認した彼女は、奇妙な隣人を援護につけて、ノートパソコンを取りに行くことに。
トニー(イライジャ・ウッド)もまた一匹狼で、信仰心と現在進行中の格闘技のトレーニング、そして愛犬のケビンで時間を埋めているキャラ。
この意外な二人の旅は悪徳な質屋の店主から殺人鬼まで、様々な犯罪者たちと顔を合わせに。
本作品は、ちょいキラッとした光と鈍より闇が融合した、爽やかで非常に面白い作品やったっす。
今作品のほとんどの部分で暗さよりもユーモアを優先してるけど(前半は暗い)、いざ作中での現実になると、避けられない強烈な残忍さでそれを表現してる。
この映画はコメディタッチのスリラーと云えなくはかいが、監督は純粋なエンタメ以上のことをしたいと望んだんやろうなぁ。
彼女の消極性が減るにつれ、彼女が与える苦痛は大きくなり、それはある意味美しく(器量はお世辞にも良くないが個人的には好きだけど)不器用な光景がこれまた良かった。
イライジャ・ウッドも一癖も二癖もあるキャラで輝いてたっす。
今作品は、世界そのものに軽蔑された女子の力強さで展開してて、反撃することがこないに満足のいく、愉快に感じたことはあんまりないかなってくらい楽しかったです。




邦題「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」

独国原題: Die Verfolgung und Ermordung Jean Paul Marats dargestellt durch die Schauspielgruppe des Hospizes zu Charenton unter Anleitung des Herrn de Sade.

英題: THE PERSECUTION AND ASSASSINATION OF JEAN-PAUL MARAT AS PERFORMED BY THE INMATES OF THE ASYLUM OF CHARENTON UNDER THE DIRECTION OF THE MARQUIS DE SADE」
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