ほーりー

赤線地帯のほーりーのレビュー・感想・評価

赤線地帯(1956年製作の映画)
4.2
本作の公開直後に溝口健二は骨髄性白血病を発症し、結果として監督の遺作となったのがこの『赤線地帯』。

新藤兼人が製作した溝口のドキュメンタリー『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』に出演した依田義賢によれば次回作として予定していた西鶴ものの『大阪物語』がもし実現していれば最高の作品になっていたという。

とは言え本作も溝口作品の集大成と言っても遜色はないと思う。

成瀬巳喜男監督が柳橋の芸者置屋を舞台にオールスター女優キャストで『流れる』を描いたのに対して、本作はその名の通り吉原の遊郭を舞台に京マチ子、木暮実千代、三益愛子、若尾文子の豪華キャストで描かれる。

ちなみに両作とも1956年の製作。


病気の夫と赤ん坊を抱える木暮、満州からの引き揚げ者で一人息子を養わなければならない三益、疑獄で父親が収監されてしまった若尾、女癖の悪い父を嫌って家出した京など、理由は様々だがいずれも社会から見放された女たち。

溝口監督らしく売春婦にならざるを得なかった彼女らの境遇がしっかりと描かれている。

世間の荒波に抗いながら逞しく生きようとするが、折しも国会では売春防止法についての審議がはじまり、自分たちの生活が脅かされるのではと不安が広がる。


実際、本作は売春防止法の審議がされていた最中に製作されている。

本編では売春宿の主人である進藤英太郎が「三百年続いた売春が無くなる訳ないだろ」と意気込むが、本作の公開後の1956年5月に売春防止法は制定される。

確かに色々な形を変えて今も風俗業界は続いているので、この進藤の台詞はあながち間違いではないのだが、溝口監督自身、実際に売春防止法が可決されると思っていたのかどうかは気になるところ。

本作のみならず社会から阻害される女たちを一貫して描いた溝口監督。

一見すると彼女らの境遇を嘆き、このような社会のあり方に対して厳しく非難しているようにも思えるが、やはりこの人は虐げられる女性の姿に美しさを見出だしてしまった人ではないかと思う。

スタッフや役者に対して徹底的にしごくことで優れた演技やアイディアを絞り出したということもそうだが、溝口監督には人間は虐げられることによって初めて光輝くという信念があったのではないだろうか。

この辺りが自分があまり溝口作品を好きになれない大きな理由かもしれない。

さて本作のメインキャストのひとり若尾文子は、『祇園の姉妹』の山田五十鈴を彷彿させるかのような男を手玉にして幸せを掴もうとする女を演じている。

前も書いたがこの作品が増村保造監督の『青空娘』より古い作品とはとても思えない。それぐらい若尾に既にこの頃からしっかりと大人の色気が漂っている。

で、『祇園の~』のラストでは山田にその報いが返ってくるように、本作の若尾にも手痛い仕返しが返ってくるのだが、ところが本作はその後で若尾が大成功をおさめる。

これまで世間に抗って敗れた女たちばかりだった溝口作品の中でもこれは稀有な存在だと思う。

女も逞しくなり男を踏み台にしてのしあがる時代になりつつあると監督自身も感じ始めていたのではないだろうか。

なので本作には新しい時代の到来を少し予感させるところがあり、そういう作品を残して監督があの世へ旅立ったのは何か因縁めいた感じを受けた。

他にも現存している溝口監督作品はあるけれどもここで一休止。少しチェイサーで洋画レビューを挟みつつ、次回は溝口と並ぶ大御所の小津安二郎を中心に観ていきたいと思う。

■映画 DATA==========================
監督:溝口健二
脚本:成澤昌茂
製作:永田雅一
音楽:黛敏郎
撮影:宮川一夫
公開:1956年3月18日(日)
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