えいがのおと

勝手にふるえてろのえいがのおとのレビュー・感想・評価

勝手にふるえてろ(2017年製作の映画)
4.5

震える水面は美しい。
滝のように溢れ出る感情が揺らす。
匿名のダイバーが陸に上がる時、火の粉が見えた。


本作は、擬似三角関係を描いたラブコメである。
しかし、単純なラブコメだと舐めてはいけない。
誰の何にでも当てはまる、理想と現実の物語が描かれる。

松岡茉優演じる主人公良香は、24歳の今まで彼氏がいないOLだ。
その理由は、中学校の頃、一方的に恋をした男性、「イチ」こと一宮(北村匠海)のことが忘れられないことにある。
彼女は、日々、想い出の中の「イチ」を脳内に召喚することで、生活を彩っている。
そんなある日、彼女に好意を寄せてくる男性が現れる。
会社の同期、営業課の「ニ」(渡辺大知)だ。
初めての告白に興奮を覚える良香だが、自分を全面に出す「ニ」を受け入れられない。
そこで、良香は10年来の想いを解き放つため、同級生の名を借り、中学生の同窓会を開催することで、「イチ」と再会することを決意する。
脳内の理想の恋人と、残念な現実の恋人、歪な三角関係が始まる。

原作は、芥川賞作家綿矢りさの同名小説である。
インタビュー等でも見られるように、原作を削るというよりかは足す形で、原作を忠実に再現しつつも、新たな発見が得られる作品となっている。
その意味で、原作ファンも、読んでから見るのタイプの人も楽しめる作品となっていることは間違いない。
特に、良香を取り巻く多くの人々を登場させたことは、原作の一部を良い形で拡大解釈し、映画全体を、演出的にも精神的にも、良い方向に導いていた。
この点だけでも、映像化の商業的意味を乗り越え、映画として表現する意味を感じることができた。

本作は、前述のあらすじから分かるように、「こじらせ」女の恋愛模様が描かれている。
日本の鬱病患者増加と比例するように増えた「こじらせ」作品に、食傷気味の人は少なからずいるかもしれない。
しかし、本作はそんな「こじらせ」女子必見! という寒いだけの作品に終始するものではないことを強調しておきたい。
自意識過剰な良香は、確かに「こじらせ」女子で痛々しいのだが、それでいて愛おしいのである。
それは、彼女の理想の世界には、愛があるからである。
それがどんなものかは、ここには記述しないが、きっと誰もが共感する大切な感情だ。
このことに観客が自覚的になる場面で、試写室からは、いくつものすすり泣きが聞こえてきた。
本作は女性の映画であるように思いがちだが、こうした意味から、すべてのあなたの物語となりうるのであり、実際、男性の私も大切な作品として心に刻むことができた。


SNSにすら発信できない理想がある人に、深く届く映画であろう。