なべ

コロンバスのなべのレビュー・感想・評価

コロンバス(2017年製作の映画)
4.6
 コゴナダのアフター・ヤンがあまりによかったので、デビュー作も観てみた。
 本作もまた切り出された何気ない日常が、モザイクのように配置されていく小津安二郎スタイル。でもそこに建築物が加わるのがコゴナダ流。登場人物の機微に建造物のバイアスがかかっているよう。ちがうか、建築がリエゾンとなってセリフに出汁を効かせてる感じなのかな。
 静的なパースペクティブがシーンの要になるのはなんとなくわかるが、感情のゆらぎまで際立たせるのかと新鮮な驚きを得た。その語り口があまりに見事で、息をするのも忘れて観ていた。
 いやあ、若い頃に小津安二郎のハイコンテクストな世界を経験しといてよかったよ。年老いたいま、初見であの技法を理解できるか自信ないもの。
 ヴィム・ヴェンダースやトリュフォー、タルコフスキー、ジム・ジャームッシュ、ウォン・カーウァイと小津に心酔する外国人監督は数多いのに、日本では是枝裕和だけってのは淋し過ぎる(ぼくが知らないだけでたぶん他にもいるのだろう)。
 静かであるがゆえに、目を凝らさないと見えない描写、耳をすまさないと聞こえない表現がこの上なく上品で美しい。ドラマティックな変化はスクリーンに映し出されるのではなく、観客の心の中で起こるのだ。話の推進力が心の中の化学反応なのはおもしろい!
 なるほど、アフター・ヤンではコロンバスでものにした技法をさらに発展させてたんだな。モダニズム建築こそ出てこなかったけど、モダンリビングがセンスよく活かされてたし。

 コロンバスに縛られた2人の男女の出会い。片や建築学者の父親との確執に悩むジンと、片や地元建築を愛する図書館の職員ケイシー。
 ジンは建築にかまけて息子を顧みなかった父親を恨んでいる。父をそんな風にした建築も憎い。とっとと韓国に戻りたいが、父親の容態が思わしくなくて滞在が伸びている。
 一方、ケイシーには薬物依存症の母親がいる。大学で建築の勉強をしたいが、母親が心配で進学をあきらめている。ともに家族のせいでここから離れられないのだ。
 そんな二人が建築きっかけで話すようになり、モダニズム建築を巡るセッションを重ねていくうちに心を通わせていく。セッションと書いたのは、二人の会話がなんとなく、心理カウンセリングのようだからだ。建築の話をしながら自分の想いを吐露し合い、次第に自分を見つめ直す感じ。

 ケイシーが2番目に好きな建築を見るセッションで、ジンが彼女に好きな理由を尋ねるシーンがある。演出でセリフは聞こえないのだが、止めどなく言葉が溢れているのが見えて却って興味がわく。ここ好き。
 誰かが何かを好きな理由を聞くのが好きだ。聞かされた内容が斜め上を行くものだったり、予想外に含蓄が深かったり、あるいは個人的な体験に紐づいてたりすると、とても得したような気持ちになる。場合によっては相手を好きに(逆に嫌いに)なることだってある。
 こんな風に書くと普通なら二人の仲は恋愛に発展しそうだけど、そうはならない。激情や劣情に走らせなかったのは賢明だと思う。性的に結びつくのではなく、知の戯れで深まる方がしっくり来るんだよな。発情しなくても、充分愛のある作品だから。「建築ラブストーリー〜癒しのふたり」もそれはそれでおもしろそうだけどね。
 ジンとケイシーが選んだ結末やいかに。書いたところで、ネタバレになるようなつくりではないのだが、一応書かないでおく。そのうちネタバレ更新するかもしれないけど。ただ、二人が別れるシーンではちょっと泣いちゃったよ。
なべ

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