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ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書のnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.0
 ベトナムの戦渦に響き渡る砲撃の立体音響、コッポラの『地獄の黙示録』のような狂乱の始まり、CCRの『Green River』が流れる中、兵士たちは森に紛れるように黒のドーランを思い思いに悲壮な決意を持って塗る。1970年代初頭、最初は形成有利と見られていたアメリカ軍がベトナム軍との戦いに徐々に劣勢になり始めていた頃、森の茂みの中から見えない銃弾が兵士たちを襲う。まるでノルマンディー上陸作戦を描いた『プライベート・ライアン』のような苛烈な戦いの中、味方の兵士の顔は見えるが、ベトコンたちの顔は一切見えない。この敵味方の構図はアメリカ国内でも有効で、ロバート・マクナマラ(ブルース・グリーンウッド)やダニエル・エルズバーグ(マシュー・リス)といった灰色の人物たち、そして「ペンタゴン・ペーパーズ」の全貌は徐々に浮かび上がるが、ワシントン・ポストの仮想敵とも言うべきリチャード・ニクソンの姿は、薄暗く見えない。「ペンタゴン・ペーパーズ」を1ページずつそっとコピーする男の手に握られたハサミ、最高機密<TOP SECRET>と書かれたページ数の書かれた下部。ベトナム戦争への関与の歴史を記したその書類には、トルーマン、アイゼンハワー、JFK、ジョンソンと大統領4代に及ぶ政権の関与が分析されていた。その内容とは、ベトナム戦争がアメリカ軍にとって勝つ見込みのない戦争だと告げる驚くべき内容だった。

 今作は当時のワシントン・ポストの編集主幹だったベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)を準主役としながら、ワシントン・ポスト社主・発行人だったキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)を真の主人公として練り上げられる。グラハム家の同族経営だったワシントン・ポストの歴史は、63年に激しい鬱病に悩まされた夫の死で途絶えるかに見えたが、ジャーナリズムに無知だったキャサリンはワシントン・ポストの存続を決める。冒頭、フリッツ・ビーブ(トレイシー・レッツ)に株式公開のノウハウを伝授されるキャサリンの姿は、『カラーパープル』のセリ(ウーピー・ゴールドバーグ)のように教育とイニシエーションの主題を纏う。4児を育てた肝っ玉母さんであるキャサリンの娘もラリー・グラハム・ウェイマウス(アリソン・ブリー)のみにフォーカスし、他に彼女の背景に描かれるのは亡き夫のポートレイトのみというシンプルさである。まるでホーチミンの市街戦のような情報の渦に晒されるキャサリンの焦燥感、それを掻き消すように何度も家に現れる部下のベンとの性別を超えた深い友情、反復する水たまりを踏む男の光景と、ニューヨーク・タイムズ本社へ飛び出し轢かれそうになる男の姿、ギリギリまで焦らした上でゆっくりと回り出す輪転機などがスピルバーグらしい絶妙な構成は実に優雅で見事である。

 ベンとキャサリンのシリアスな会話に割って入るピンク色のボールには真っ先に『E.T.』のエリオットとE.T.の心の触れ合いを想起させ、レモネードを売り歩くベンの娘の姿にスピルバーグ映画の大人びた子供の刻印を思い出す。途中、キオスクでニューヨーク・タイムズ誌を悔しそうな表情で見つめるワシントン・ポストの重役たちの姿だが、当時のワシントン・ポスト誌がニューヨーク・タイムズ誌のような全国誌でなかったことも彼らの追い風となる。まるでアラン・J・パクラの『大統領の陰謀』を次に観て下さいと言わんばかりのラストの余韻も素晴らしい。僅か9ヶ月で今作を完成に導いたスピルバーグの手腕も見事だが、巨匠に寄り添い、最高のプロフェッショナルの求める高いスキルに呼応した撮影監督のヤヌス・カミンスキーと音楽監督であるジョン・ウィリアムズの控え目な手腕も光る。71年が反転する17年に作られた物語は、71年当時のリチャード・ニクソンのような現代の仮想敵の存在を明らかにすることがない。それゆえにスピルバーグは現代の歴史の陰影に隠れたある人物をゆっくりと浮き上がらせる。
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