出来心で深い淵を覗き込んでしまったらどうなるのか。主人公ヘンリー(アダム・ドライバー)は人生の虚無を見て自分が結局何者でもないと知り、人間性の底も突き抜けて転落した。深いところまで潜って自身の本質存在を見つめようとしても結局ロクなことはないからやめておきなさい、というある種の寓話。
最後にヘンリーが受ける罰から、「空気階段の踊り場」での岡野陽一のトーク、クズ界の掟(①人を殺めてはならない、②遺伝子を残してはならない)を連想。
↑岡野陽一と鈴木もぐらは自分たちクズは人ならざる者だと自虐してましたが、彼らの言う人ならざる者って正にアネットにおけるヘンリー(神の類人猿のキャッチコピー、猿のぬいぐるみ、美女と野獣のイメージによって人と人以外の境界に置かれている)ですやん。
現時点(2022/4/1)で、文句なしに今年最高の作品だと思えるものの、ホーリーモーターズから更にハイコンテクストになった今作を、カラックスファン以外の観客が果たして楽しめるのかという疑問はある。
自分のカラックスデビューがアネットだったとしたら、汚れた血とホーリーモーターズを見た20歳当時の感激はたぶんなかった。
とはいえ、最初期から描かれ続けてきた「愛の不可能性」「幸福の質量保存」的なテーマの変奏の物語でありながら、これまでのどの作品とも似ていない新しい物語として、カラックスの新作を見ることができて良かった。