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夜の浜辺でひとりのnetfilmsのレビュー・感想・評価

夜の浜辺でひとり(2016年製作の映画)
4.3
 ハンブルグの街に、女友達のジヨン(ソ・ヨンファ)を伴い現れた1人の女ヨンヒ(キム・ミニ)。エルベ川の河口近くに位置する寒々とした雰囲気の港町に来たのは、監督との泥沼不倫に区切りをつけたかったから。だが彼女の言葉の端々には、不倫相手への未練が残る。ベランダから眺める荒涼とした景色、ヨンヒに寄り添うジヨンは彼女を公園に誘う。この街に少し暮らし、公園と市場が気に入ったヨンヒは二つ返事でOKするが、緑の芝生を歩いている時に、黒い服を着た不気味な男に道を尋ねられる。橋を渡る段になって、ヨンヒは突然足がすくんだかのように、その場に正座して深々と頭を下げる。「自分が本当に望むものは何なんだろう?」と彼女は自問自答する。その夜、ホスト・ファミリーと共に夕食を囲んだ2人は、気温の下がる夜の海岸に連れて来てもらう。「寒いでしょ?」と友人に問いながら、海岸線を眺め始めたヨンヒはしばらく身動きが取れない。ホン・サンスお得意の右への90°パンの後、再び左手に90°パンするとそこには海岸の無人ショットが拡がっている。そこから再び90°パンするとそこには、彼女を軽々と持ち上げる不気味な黒い服の男が、遠ざかるように歩いていた。それはまるで愛の亡霊のように、ヨンヒの身体を彼女ごと持っていくように見える。

 やがて韓国に戻ったヨンヒは、映画館で偶然、昔の先輩のチョンウ(クォン・ヘヒョ)と会う。最初の出会いは最悪だったが、その後、ミョンス先輩(チョン・ジェヨン)やジュニ(ソン・ソンミ)と会う度に、彼女の傷ついた心は少しずつ氷解して行く。テーブルの上に並べられた空のマッコリや焼酎のボトル、女同士の初めてのディープ・キス、酩酊したキム・ミニはここで自身の愛の哲学を激しくぶつける。人生とは何か大見得を切った『それから』と並ぶ名場面である。「愛する資格ではなく、愛される資格がない」不倫の恋を清算するためにハンブルグへ向かった女は、何一つ決めることが出来ないまま、夢破れてソウルではなく、ハンブルグと似た風景を持ったカンヌンへやって来る。寒々としたカンヌンの海、ヨンヒはハンブルグのように立ちすくむのではなく、そこに横たわる。近年の『ヘニョんの恋愛日記』や『自由が丘で』のように、カンヨンの海岸線で寝そべるヒロインはいつの間にか意識を失い、現実と夢の間をふらふらと揺蕩う。ホテルの窓を拭いていた男や、新作映画のスタッフは存在したのか?「価値のないものなんて考えたくない、綺麗に消えたい」と願う女性の心は、映画スタッフに起こされ、しばし現実を取り戻す。だが彼女の悲しみの先には、もう愛した男の姿はない。冬の極寒の海の波のように、一つの愛が終わり、人生は寄せてはかえす。黒いコートを着たキム・ミニの背中に思わず涙腺が緩む。
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