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シェイプ・オブ・ウォーターのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.1
 青を基調にした薄暗い部屋で女は目覚め、一呼吸置いた後、おもむろに別室へと向かう。大好物のゆで卵の形状をしたタイマー付き時計を脇に置き、湿気の抜けないカーテンを閉めた女は、緑のバスローブ姿の背中をカメラ側に向け、ゆっくりと下ろす。どちらかというと華奢な40代の臀部が露わになり、バスタブの中で今度は翻って美しいサリー・ホーキンスの裸体がスクリーンに映し出される。現代の風刺劇を第二次世界大戦後の時代物に落とし込むギレルモ・デル・トロの手法は『デビルズ・バックボーン』や『ヘルボーイ』、『パンズ・ラビリンス』にも登場したお馴染みの語り口だが、水のイメージ溢れるこの導入場面の陶然とする様な美しさには、思わず心を奪われた。イライザ・エスポシト(サリー・ホーキンス)の住む部屋は映画館の3階にあり、部屋の出入りにはむき出しになった鉄骨階段で昇り降りせねばならない。ゆで卵が大好物な女は、隣の部屋の家主で画家のジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)の部屋で一緒にご飯を食べる。最初は仲睦まじい父娘の光景かとも思ったが、どうやら違うらしいとわかった時、ギレルモ・デル・トロの処女作『クロノス』の古物商を営む初老の男ヘスス・グリス(フェデリコ・ルッピ)と無口な孫娘アウロラ (タマラ・サナス)の様子が真っ先に連想される。

 半魚人と清掃員の異形の愛を描いた本作は、水のイメージに始まり、水のイメージに終わる。肌を露わに露出した40代の中年女性は、バスタブに浸かりながら自慰行為に走る。その一方で、イライザが働くアメリカ政府の機密機関である「航空宇宙センター」に、威圧的なエリート軍人のストリックランド(マイケル・シャノン)が赴任して来る。彼の家は典型的な60年代のアメリカ中流階級の暮らしそのものである。ブロンドの妻に愛され、子供は2人、ボルチモアの郊外にある一軒家に暮らし、高級車キャデラックに月賦で乗る。デイヴィッド・リンチやトッド・ヘインズが『エデンより彼方に』で繰り返し描いて来た50年代の都市部の理想的な家族の光景が62年頃にはボルチモアにもゆっくりと浸透していく。小便器を掃除した清掃員の横からふてぶてしく汚しにやって来た男は、小便の後、手を洗うのは弱虫だと嘯く。その時彼の手に常に握られている警棒は男根のメタファーに他ならない。冷戦下の抑圧構造の中で、潰瘍の薬を噛み潰しながら必死の形相で半魚人を追うストリックランドの姿に、思わずトランプの形相が被る。

 それに対してイライザの住む部屋は、これまでのデル・トロの作品の地下のように薄暗い場所に隔離されている。『ヘルボーイ』前後編でエイブ・サピエン、『パンズ・ラビリンス』でパン、ペイルマンを演じたデル・トロ組の常連俳優であるダグ・ジョーンズの半魚人の造形・所作も異端児としての「謎の生物」を印象付けるが、郊外に追いやられたゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)の夫との不和、ダイナーで起きるマスターとジャイルズの決定的不和など、今作には端役に到るまで徹底的に隅っこに追いやられた「マイノリティ」たちへのデル・トロの眼差しが光る。半魚人と清掃作業員は、どちらも美男美女に変わることがない。もはやプリンスもプリンセスも美しく変容する必要がないということを、デル・トロの演出は声高に伝える。冒頭場面で自慰のために入った浴室を精一杯の塩水で満たし(浸し)、階下の映画館を雨漏りさせてまで描いた裸同士の抱擁、そしてクライマックスの大雨の中のメリーランド海岸まで貫かれた水のイメージは、モノクロの映像の中でタップを踏むイライザと半魚人をジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアのように照らす。エメラルド色の服を来た地味なイライザは、半魚人に恋をした瞬間、赤いドレスを着る。その一途な姿に思わず涙腺がゆるみ、エンドクレジットが終わった後もすぐには動けなかった。
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