※フィクション
【chapter1】寒村
私が生れた村は、冬になるとたくさんの雪が降る。
手のひらに落ちる雪はすぐになくなるのに、
屋根の上の雪はなぜ増えていくのだろう、と思っていた。
父は私が5歳のとき、屋根の雪降ろしをしている最中に足を滑らせて落ちて死んだ。
夜だったから、私が父を発見したのは翌朝だった。夜中の降雪が積もった父は、崩れた雪だるまみたいだった。
泣きじゃくりながら私は父を覆っていた氷雪を剥がそうとしていたらしい。
母が来てくれたときには私の手指は凍傷寸前で、今でも右手の人差し指と中指の第2関節から上は紫色を帯びている。
ずっと考えていたことがある。
雪は意図的に降らされているのではないかと。
味気ない自然現象ではなく。
何か、もっともっと大きな。
母は一人娘の私を女手一つで育てた。
雪降ろしは困難で、謝礼を払って村の塗装工達に依頼した。
中学を卒業して、私は村を出た。
県庁所在地にあるというだけの理由で入学した高校へ通うために。
【chapter2】二軒目
例えば、外国の見ず知らずの他人が戦争で死んでも、僕らが知るのはその数でしかないだろう?
数は冷たい情報さ。
そして僕らは政治家でも統計学者でもない。
いや、もちろん、人の命は数じゃないよ。
君はなんというか、意外とロマンチストなんだね。そのペンダントは六角形かな。似合ってるよ。
でもね、僕らの身の回りではしょっちゅう事件と呼べることが起こるかい?
みんな同じさ。退屈で平凡なんだ。
だから、事件を求めてるのさ。
事件には潜在的な需要、というのかな。きっとそういうのがあるんだ。
君も僕も消費者の1人なのさ。
いや、こんな話はもういいね。
一次会は退屈だったでしょ?
ちっぽけな会社さ。
君は五年ぶりの新入社員だ。僕以来の。
君みたいな子が入ってくれてよかったよ。
さっきも言ったけど、砂漠に花、みたいな。オアシスだって。
【chapter3】雑貨屋
遠隔地からの通学者は寮に入ることができたため、高い家賃を払う必要もなく、降雪量は3分の1になった。
高校は退屈だった。
一度だけ、クラスメイトから告白されたことがある。
曖昧に頷いて、約束通りになったのは通学路に新しくできた雑貨屋に行ったことだけだった。
数分で閲覧が終わるはずだった。
私はそこで、初めて雪の結晶を見た。
そのペンダントは、三本の対角線と、隣り合う頂点が銀色で繋がれていた。装飾は他になく、安価だった。
私は雪の結晶が手のひらの上で消えることは知っていたが、温度と水蒸気の量で形が変わることは知らなかった。
ペンダントは大量生産品だったが、この世界に落とされる見えない最小は、皆異なる顔を持つことを知った。
父の命を奪った結晶を身に付けることに抵抗はなかった。
むしろ身に付けるべきだと思った。
ペンダントと入れ違いのように、彼とは会わなくなった。
高校を卒業したあとは何となく専門学校に入り何となく就職活動をした。
小さな印刷所から内定をもらったあとは、就職活動を辞めた。
【chapter4】二軒目②
お酒が強いんだね。
普段は何を飲む?飲まないんだ。
口数も変わらないね。
音楽はどうだい?
クラシックとか聞いてそうだけど。
もう終電だって?
いいじゃない。明日は休みだし。どうとでもなるよ。
もう一軒くらい。
君は隠したがってるけど、その右手の指の痣っぽいのも魅力的だよ。ミステリアスさが際立ってるというか。白い指に栄えるというかさ。
もっと静かなところに行こう。
ああ、トイレはあっちだよ。
end