むーしゅ

女は二度決断するのむーしゅのレビュー・感想・評価

女は二度決断する(2017年製作の映画)
4.1
 邦題がかなり攻めたタイトルをしており気になっていた作品。ちなみに原題の"Aus dem Nichts"は英語で言うと"Out of Nowhere"という意味なのだそう。改めて見ても攻めたタイトルだなという感じですが、内容にはなかなかマッチしており、これは良い意訳邦題ですね。

 カティヤはトルコ系移民のヌーリと結婚し、ドイツのハンブルクで息子と3人の生活を送っていた。そんなある日、ヌーリの事務所前で起きた爆発事件により夫と息子を一同時に失う。移民を狙ったテロを疑うカティヤの読み通り、やがてネオナチの若いドイツ人カップルが逮捕され、裁判にかけられることになるのだが・・・という話。冒頭の幸せそうなファミリービデオから一転、開始10分でどん底まで行くスピード感がすごいです。

・史実をベースに作られた作品
 本作冒頭の爆破事件は実際にドイツのケルンで2004年に起きた爆破事件を基にしています。トルコ系移民に人気のビジネスエリアにある理髪店の前に残された自転車のボックスに隠された釘爆弾により、 22人が負傷、4人が重傷を負ったこの事件は、後にネオナチ組織である国家社会主義地下組織(NSU)が関与を認めています。ドイツ人であれば誰もが知っている有名事件であるが故、そこからの派生的物語に飲み込まれていきます。その脚色的物語がまた良いんですよ。「なぜ子供をちゃんと見ていなかったのか」と迫る義母や、死んだ夫への嫌悪感をあらわにする実母は、どちらもリアルすぎてつらいです。もはや海外版「渡る世間は鬼ばかり」かのような、家族の中にも存在する嫌な部分がぐいぐい攻めてきます。

・章にわかれて構成される物語
 物語は三部構成で進んでいきます。最愛の家族を失う第一章、家族のために正義を求める第二章、そしてすべての終わりを求める第三章。それぞれの章には「家族」「正義」「海」というタイトルがつけられています。それぞれの章はファミリービデオで始まり、章の終わりには必ず主人公であるカティヤが1つの決断をします。この構成が見事でそれぞれの章の終わりの決断がこれまでのさりげない伏線を回収していきます。また章によって映像にも変化が見られ、撮影を担当したRainer Klausmann氏のインタビューによると、第一章は暗く青みの強い映像、第二章はカメラをあまり動かさず白を基調とした映像、そして第三章は色味を意識した映像となっています。それぞれの章の色彩があまりにも違うため独立した印象を持ちますが、間に挟まるファミリービデオの効果により、自然と映像が温かみを帯びていく構成となっており、気が付くといつの間にか明るくなっているということに驚かされます。このあたりのただ物語の構成上章を分けたわけではないという点が、非常に好きなポイントでもありますね。

・Diane Krügerの熱演
 これまで他の要素を話していましたが、結局この作品はもうDiane Krügerの熱演が素晴らしい以外に語らなくてもよいのではないかと思っています。家族と過ごすときの妻であり母であるチャーミングな面も、第二章以降の氷のような目、そして強い女の在り方も、最後の決断の表情も、すべて完璧。様々な要素を置いておいても、これだけ見るためにもう1周したくなるような熱演ぶりで、かっこいいのになぜか心が締め付けられる思いです。他の役者陣も素晴らしいんですけど、もう彼女以外が全く視界に入ってこないようなレベルで圧勝しています。この恐ろしいくらいの熱演ぶりこそが鑑賞をおすすめしたくなるポイントですね。

 本作はテロによって愛する家族を失った女の復讐をテーマにしておりますが、復讐を達成したところできっとまた新たな負のループを始めてしまう、そんなことを言われているような重く考えさせられる作品でした。正しいはずの法からも見放されたとき、自分ならどのような決断を下すのか、これは考えさせられるテーマですね。心に余裕がないときは辛くなるので、じっくり鑑賞したいときにおすすめの一本です。
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