ろく

方舟の女たちのろくのレビュー・感想・評価

方舟の女たち(2016年製作の映画)
4.2
いろんなものを鎧にして生きているのよ、人間って。

その鎧はたいてい「こうなりたい」なんだ。いつも自分に向かっているの。あるべき自分、こうならなきゃいけない自分。それっていつも「自分」に対して向いているの。

でもその鎧は必要なのかな。それは脱いでも構わない。でもどこで脱ぐ?脱ぐ決心はどこでする?そんなに簡単に脱げないじゃない。

だから他力本願でも誰かに鎧を外してもらえるとほっとするんじゃないかな。外したからって何はあるってわけじゃないのは解っているのよ。外したら小さい鎧が出て、それも外したらまた小さい鎧が出て。で最後には何も残らない。でもそれでもいいじゃない、そう城定は語りかけている気がするんだ。

3人の「こじらせた女」、その3人が「たまたま」同じ列車で痴漢される。この映画はその「こじらせた」がじっくりほぐれるのがなんとも嬉しいんだ。

痴漢されて「いいや、外しても」。いままでの自分がすっかり開放される。その「開放」が妙に説教くさくない。ストンと落ちるの。そこは城定の映画テクニックじゃんと観ていて嬉しくなってしまう。

竹内真琴は流される女。彼女は自殺志願の男に痴漢される。二人でセックスをするのだが終わったあと、踏切で自殺志願の男は佇む。「やっぱり死ぬんですか」そこからの映画的な楽しさを観てほしい。

横領をした希島あいりは最後、浮浪者の家でインスタントラーメンを食べる。そのシーンが好きだ。こんなとこにあたしはなんでいるのよ、そんな感じなのに妙にさっぱりとしている。彼女の開放は観ているこっちも心地よい。

おなじみ守屋文雄は伝説の痴漢師(なんだそりゃ!)。蠍という名で警察官の女性(松井理子)を開放する。彼が痴漢しながら般若信教を唱えるとこがなんんだこりゃといいながらも妙にストンと落ちる。

ラストはまさかの3人が一緒に電車に乗り合わせる。このシーンにびくんとくる。ああ3人のなんとも安心した顔。彼女たちはみんな「鎧」が落ちたのかもしれない。その3人の顔を観てこっちもにやりと笑ってしまった。
ろく

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