ポルりん

ドグラ・マグラのポルりんのレビュー・感想・評価

ドグラ・マグラ(1988年製作の映画)
3.5
読むと気が狂うと言われている日本三大奇書の一つ「ドグラ・マグラ」を実写映像化した作品。


あらすじ

大正末期。
九州にある古い大学病院の精神科で呉一郎は目を覚ます。
一郎は自分の名前も顔も覚えていない記憶喪失であった。
そこへ現れた大学教授の若林、謎の死を遂げた正木教授の導きにより記憶を取り戻そうとするが、猟奇的な体験と共に奇怪な因縁に彩られた禍々しい事件が浮かび上がってくる


初めて原作を読んだのは中学生くらいの時だろうか・・・。
当時の私は王道なストーリーには飽き飽きしており、奇抜で奥深いストーリーを求めて色々な小説や漫画を読んでいたが、私の求めるレベルに達している作品は僅かしか巡り合えなかった。
まあ、今考えると当時の私のセレクトセンスは壊滅的に悪かったのが原因なのだが・・・。

そんな時、友達と一緒に本屋に行く機会があり、一緒に本を物色していたら友達が「ドグラ・マグラ」を持ってきた。
その表紙は不気味な女性が全裸でバックを誘うようなもので友達が、

友達「今日これで抜くわ~~(笑)」

と、変態じみた事を言っていたのだが、内心私自身も何となく惹かれてしまった。
あらすじを見たらかなり中二病心をくすぐるようなもので、結局私が購入し友達は「ドグラ・マグラ」で抜く事は出来なかった。

購入した次の日、朝から夕方にかけて読んだが、疲れはしたものの特に気が狂う事もなく、次の日も普通に日常生活を送る事が出来た。
これは単に私の頭が悪いせいで物語を理解することが出来なかった為なのかもしれない。
中盤までは普通に読むことが出来たのだが、終盤辺りで全く訳が分からなくなってくる。
一応、社会人になっても再度読み直してみたが、大まかなストーリー自体は分かるのだが、疑問に思う点が増えるばかりであった。
もう一度読み直したら、その疑問が解けるのかもしれないが、新たな疑問が増えそうだし、非常に疲れる本なので断念した。

変わりにアニメCGならば理解しやすいのかと思いそちらを鑑賞してみたら、理解する以前に原作とタイトルが同じだけの可燃物だったので、時間を無駄にしただけであった。
その後、すぐに実写版の本作の事を知り鑑賞してみたが、アニメは論外として原作よりはかなり分かりやすいものの、やはり意味が分からなかった。

それから7年くらい経過し、妻と「ドグラ・マグラ」について会話をしていたら再度鑑賞したくなり、レンタル屋にて借り観てみたのだが、やはり完全に理解する事は出来なかったものの、始めに鑑賞した時よりも分かりやすく思えた。

まず、構成が原作と比べかなり明瞭化されている。
原作の場合、雰囲気を出すためにわざと不明瞭にしたらしく、読んでいるとその場面がどんなところかまで分からなくなる。
それに対し、本作は小道具や視覚効果を有効に使い視聴者により分かりやすくなっており、原作の雰囲気を壊さないような配慮が見える。

怪しく不思議で狂気じみた雰囲気や一言では言い表せない程のスケールは再現しきれていないものの、アニメの方とは違い、本作はスタッフの作品に対する熱意が充分過ぎるほど伝わってきたので、個人的にはかなり好印象であった。

いや、本当に良く映像化出来たものだ。
映像化不可能と言われていた「イニシレーション・ラブ」よりも「ドグラ・マグラ」の方が余程映像化不可能だと思う。

スタッフも素晴らしいのだが、役者の演技も違和感なく演じており、容姿に関しても呉一郎以外は私のイメージに近いものであった。

特に桂枝雀が演じる正木先生は、私がイメージしていたのと完全に一致していた。
また、容姿だけでなく雰囲気までもイメージ通りであったので恐らくは相当原作を読んだのであろう。
あれだけ狂気じみた作品を何度も読むのはかなりの精神力がいる事だと思う。

そういえば、原作を書き上げるまで十年程の月日が掛かったようだ。
その間、何度も書き直しがあったのだが、驚くことに奥さんがやっていたらしい。
この内容に十年間も付き合わせられるなんて奥さんも忍耐強く精神力の強い女性だったのではないろうか。
私なら発狂するだろう。

当時の精神疾患患者が受けてきた差別などの知識も得られるし、デヴィッド・リンチ作品との類似している部分があるので、デヴィッド・リンチ監督の作品が好きであるなら本作の難解で不可思議な世界感を堪能出来るのではないだろうか。

因みに本作の設定で、物事を考える事や思考するのは脳ではなく、人体に含まれる30兆個の細胞1つ1つが物事を考えているといったものがあるが、非常に興味深く考えさせられる設定であった。
ポルりん

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