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少女邂逅の海のレビュー・感想・評価

少女邂逅(2017年製作の映画)
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手を触るだけ。きみが泣いたら抱きしめるだけ。眠たいのなら肩を貸すだけ。あとは全部風のせいにした。やわらかい髪の毛の、終わりのほうにそっと指をかざした。背中を見つめながら、白いシャツの匂いを知った。嫉妬すら上手くできなかったのに、頬に頬を寄せることすらとまどったのに、それなのにわたしたちは、あのとき、誰よりも、近くに居た。
生まれて、生きてきただけなのに、当然のように、まるで儀式みたいに、途方も無いほどの失望と痛みが、体の内側にいつのまにか宿っている。社会と大人と男性、そしてわたしたちが女であるという事実が、その壁が、わたしたちをかならず、何度でも、傷つける。どんなに死んでほしいと願っても、どんなに今のままの世界で生きていくことを望んでも、それは叶わない、絶対に、いつかまた傷つくし、いつかわたしたちは、別れてしまう。きれいなものは汚される。痛まなくなるまで何度でも傷つけられる。あのとき諦められなかったことと、諦めてしまったこと、今も全部、覚えてる。だから、言いたい。本当は、価値なんか、体にも心にもあって、わたしたちの、全部にあるって。かわいいもきれいも、賢いもやさしいも、傷跡の一つが、嘘の一つが、全部がわたしたちの価値で、意味で、特別な何かで、誰かの神さまになり得るものなんだと。笑った唇の端から光の粒がこぼれて、体じゅうから雨が降って、スカートがひるがえるたびに、光と影は分かれて、混ざる。あなたの体も心も、目がそらせないほど、胸がちぎれそうなほど、美しい。美しい、あなたと、わたし。


十四歳の時、アコースティックギターで弾き語りを始めて、歌詞は腐るほど書いてたけど、曲をちゃんと付けて歌にしたのは、一曲だけだった。「milK」というタイトルの、わたしが当時どうしても、救ってあげたかった女の子に向けて書いた歌だった。がらがらに空いた夜の電車で、「いつか聴かせてね」って笑っていた顔を、今でもはっきり思い出せる。結局一度も聴かせてあげることができないまま大人になった。一緒にお酒を飲むことも、一緒に遠くへ行くことも、「いつか」って約束した全部のこと、何一つ、できなかった。わたしはいつも、彼女の言う「いつか」は、永遠に訪れない気がしてた。だから、彼女がもう何も言いださないでいてくれることを、背中を見つめながら願っていた。ふたつでひとつだったわたしたちは、どちらかの孵化によって、ひとつとひとつに分かれていく。もう二度と、決して戻ってはこないわたしたちのあの時間が、今こうして永遠になる。そしてそのことが、わたしを傷つける。それだけが、きみが今も生きているしるし。
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