Qちゃん

人魚のQちゃんのレビュー・感想・評価

人魚(1968年製作の映画)
3.8
あのハーピアを観た後にこのタイトルだったんで、また禍々しい造型のホラーファンタジーを勝手に期待して観た。そしたらコレだったので、あまりの印象の違いに驚いた。でもこちらも全然違うベクトルで素晴らしい。

血の赤と漆黒の闇に覆われたディストピア的世界。そこ此処に漂う死の気配。戦争を匂わせる貨物の中身。凶々しく卑しい鳥獣類。その親玉のようにも見える造型のクレーンたちが、欲するものを力で奪い合う。停泊する船と彼らの姿は、遠方から見ると騙し絵によってまるで髑髏のように描かれている。

そんな世界でも、心の清い若者が、美しいセイレーンと恋に落ちる。その純粋な想いで、存在で、澄んだ笛の音色で、少しだけ世界を浄化する若者と人魚。

しかし愚かな人間は、その希少な存在も、人間として当然あるべき善意も倫理も愛情も踏み躙り、形骸化した法と宗教、権威による支配にのみ準じた社会を、己にのみ都合よく生きる。

人にとっては異形である人魚への非人道的なほどの配慮の欠如は、コミュニティに属しないマイノリティや、例えばユダヤ人や移民など特定の人々に対する冷酷さの表現ともいえる。

映画のはじめに目にするのは、タイトル「SIRENE」と、耳を貫く不穏なサイレンの音。

サイレンの語源は、ギリシャ神話に登場する、航行中の船乗りを美声で誘惑して難破させる半人半鳥の精、後に人魚の姿として描かれるようになるセイレーン。

そしてサイレンの音が示すのは、人類への警告。
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