不在

桜桃の味の不在のレビュー・感想・評価

桜桃の味(1997年製作の映画)
4.4
人は映画を観る時、何かが起きることを期待する。
それがたとえ、登場人物の死だったとしても。
この作品(あえて映画とは言わないでおく)には、主人公の自殺というはっきりとした目的があり、その方法がなんとも興味深い。
こんな風に死を迎える人なんて見たことがない、一体どうなるんだろう。
そうして観客は、心のどこかで彼の死に様を見てみたいと願ってしまうのだ。

人はなぜ鬱映画なるものを観るのか。
登場人物が悲劇の死を遂げることを知り、それを見たいが為に作品に触れることも、ままある。
人間は人の死を望んでいるのだ。
自分より不幸な人を見て、空腹を満たしたい。
我々にとって、誰かの死すらも桜桃の一種なのだ。
そんな残酷な感情を自覚させるために、キアロスタミは徹底的に観客を焦らす。

まずこの主人公は一向に死ぬ気配がない。
ハンドルを少し傾けるだけで事は済むのに、なぜか助っ人を求めて彷徨い続ける。
彼の背景が一切明かされないために、我々はただ傍観することしかできない。
そうやって焦らされ続けた観客は、次の展開を強く待ち望むようになる。
つまり、主人公の死だ。
彼の死がもたらす何かを期待している自分に、嫌でも気付かされるはずだ。
無論、彼に生きていてほしい気持ちもあるにはあるが、それだけではないだろう。

しかし散々焦らした挙句、キアロスタミは観客の手から桜桃を奪い去る。
映画から甘い汁を啜ろうとしていた我々はそこから追い出され、空の両手をただ眺めることしかできない。
人は誰かを感動させるために死ぬ訳ではない。
彼はそれを強く思い出させてくれるのだ。
不在

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