サマセット7

スリー・ビルボードのサマセット7のレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
4.4
監督・脚本は「ヒットマンズレクイエム」「セブンサイコパス」のマーティン・マクドナー。
主演は「ファーゴ」「ノマドランド」のフランシス・マクドーマンド。

[あらすじ]
ミズーリ州のとある田舎町の郊外にて。
3枚の古びた立看板(ビルボード)を見つけたミルドレッド(マクドーマンド)は、看板を管理する広告社を赴き、3枚の看板に町の警察署長に疑問を投げかけるある広告を出すことを依頼する。
その広告は、警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)、粗暴なディクソン巡査(サム・ロックウェル)ら町の人々に影響を及ぼし、思わぬ事態に発展していく…。

[情報]
2017年公開のアメリカ映画。

監督・脚本のマーティン・マクドナーはアイルランド系のイギリス人であり、演劇の劇作家として高い評価を得ている人物。
映画監督・脚本家としては、短編映画「シックスシューター」でアカデミー短編賞を受賞している。
今作は彼の3本目の長編監督・脚本作にあたる。
作風としては、風刺や暴力描写を含むブラックコメディの名手として知られる。

主演のフランシス・マクドーマンドは、アカデミー賞、エミー賞、トニー賞の三冠を制覇したことで知られる現代を代表する女優。
2022年現在、3度アカデミー主演女優賞を受賞しており、今作で「ファーゴ」に次いで2度目の受賞となった(3作目はノマドランド)。

今作は、1200万ドルという比較的低予算で製作され、賞レースで高い評価を受けたこともあって、1億5千万ドルを超えるヒットとなった。
アカデミー賞の主演女優賞、助演男優賞(サム・ロックウェル)、ヴェネツィア国際映画祭脚本賞、ゴールデングローブ賞脚本賞ほか、多数の賞を受賞している。
批評的な評価は非常に高く、特に脚本と演技は絶賛されている。

今作は、予測不能な展開に最大の魅力があり、視聴にあたっては、事前にストーリーに関する予備知識をいれずに観るのが望ましいタイプの作品である。
ネタバレはしないが、未視聴の方はこれ以上レビューなど見ることなく、直ちに視聴することを勧める。


[見どころ]
思った通りには進まない、予測不能なストーリー展開。
緻密に張られた伏線と示唆。
演者の織りなす見事な競演。
ブラック・コメディかバイオレンスを含むクライム・サスペンスか、あるいはヒューマンドラマか。ジャンルの境界を跨ぎ越える多層的な語り口。
深いテーマ性、社会批評性、温かい人間讃歌。

[感想]
なるほど、これは傑作だ。

公然と公権力を批判する、退くことを知らぬ犯罪被害者の母親。
怠慢との批判を受けた警察署長。
粗暴かつ人種差別主義者の警察官。

3者を中心に、一つのアクションが起こす様々な予測不能な影響とその結果が重層的に描かれていく。
人は多面的で、ある人からは善良な人が、別の人から見て善良とは限らない。
観客は物語を追ううち、そのことに気づかざるを得ない。

一つ一つの描写やちょっとしたセリフ回しに意味があり、気を抜くことができない。
破れかけの広告の示唆するもの。
ミルドレッドの髪型の変化。
ニルヴァーナのアルバムジャケットのポスター。
劇中歌の選曲。
引用される書籍。
手紙。

キャストの演技は素晴らしい。
フランシス・マクドーマンドの演じる「戦士」であり続けなければならない、恐るべきミルドレッド。
突き抜けた強面ぶりは、ウェスタン映画をそうきさせ、もはや笑いさえ誘う。
しかし、ある展開にて顕になる、彼女にとっての戦いの意味。
その発露の演技の、何と胸を打つことか。

愚かで粗暴で思いやりに欠けた、しかし、最も今作を象徴するキャラクターである、ディクソン巡査。
そのおバカっぷりには笑ってしまうが、現実の事件を思うとゾッとさせられる。
複雑な役だが、サム・ロックウェルが施した説得力は半端ない。

そして、ウィロビー署長を演じるウディ・ハレルソンの醸し出す味わい…。

メインキャラクター3人以外も、やがて哀しきピーター・ディンクレイジ(言わずと知れたティリオン・ラニスター)、悩める広告屋を演じるケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(X-MEN:FG!、ゲットアウト!)、おバカ役だが憎めない、絶妙なバランスを保つサマラ・ウィーヴィング、などなど。
脇を固める役者陣もとても良い。

彼らの協奏は、やがてミズーリという田舎の人々の素朴で、純粋で、粗野で、そしてとても人間的な本性を炙り出す。
彼らは善人ではない。しかし、悪人でもない。
ただただ人間なのだ。

ストーリーは予測を裏切り続けて、やがて予想だにしない結末に辿り着く。
そして、ラスト、そっと示されるメッセージ。
これは傑作だ。

今作は、ブラックコメディであり、ヒリヒリするクライムサスペンスであり、社会的な批評性を含む深いヒューマンドラマである。
ただ、謎解きミステリーでない点は注意を要する。

[テーマ考]
今作のテーマは、人が犯した罪を、償うことは許されるのか、だ。
今作の主要登場人物は、誰もがこの問いに晒されて、のたうち回る。
誰もが、自分の贖罪に囚われて、他の大切なものを見失う。

終盤、このテーマに沿って示されるメッセージは、感動的だ。
手紙!!!
オレンジジュース!!!
車内の会話!!!

一方で、今作は、さまざまな表現や舞台設定を通して、人種差別と性暴力に対して、痛烈に批判と怒りを表現している。
南部を象徴するミズーリという舞台、全編にわたる被害者家族の苦悩、登場人物の何気ない差別的な言葉、人種差別主義的言動とその顛末、そしてラスト。

さまざまなテーマが読み取れる点も傑作の証左だろうか。

[まとめ]
予測不能のストーリーと深いテーマ性、そして役者の演技が光る、ジャンル分け不能の傑作。
自分が彼女の、あるいは彼の立場だったとすれば、どう感じ、どう行動するだろうか?
その問いはあまりに重いが、絶望的な現実に対する処方は、今作のラストにたしかに示されている。