うえびん

スリー・ビルボードのうえびんのレビュー・感想・評価

スリー・ビルボード(2017年製作の映画)
4.9
感情の揺さぶられ
概念の揺さぶられ

2018年 アメリカ/イギリス作品

凄まじい作品。冒頭から最後までの2時間弱、心と体が揺さぶられ続け、観終えた後の余韻が半端ない。圧巻。マーティン・マクドナー監督の『イニシェリン島の精霊』の独特な世界観に惹き込まれたので、一つ前の本作も観てみたいと鑑賞したが、鑑賞後の余韻は『イニシェリン島~』を遥かに超えた。匠の技のような作品だった。

主人公ミルトレッド・ヘイズと彼女に関わる人びと、その人物造形と会話劇から浮かび上がる関係性、セリフと表情から想像させる相手への思いの描き方が巧み。また、ストーリー展開と共に関係性と思いが変化してゆくのが面白く、180度変わってしまっても全く不自然さが感じられないのが不思議でもあった。

ヘイズを演じるフランシス・マクドーマンドとディクソンを演じるサム・ロックウェルを中心とした役者たちの演技も素晴らしい。ヘイズの夫が想像と違った容姿であったり、キャスティングも妙があってよい。

音楽もアメリカ・ミズーリ州ののどかな田舎街にピッタリ合っている。シリアスな場面で流れる穏やかなBGMもよい。虫や鹿や馬、登場場面は少ないのだけれど動物の交え方もとても印象的。

何よりもマクドナー監督による脚本が素晴らしい。さすがは劇作家出身の監督だ。観る者の感情を揺さぶりながら、固定概念を二転三転させてゆく。その感覚は『イニシェリン~』でも感じたものと同じだったけれど、本作の方が激しかった。

親子の喧嘩、病に侵された父とその家族、夫婦の離婚とその後、上司と部下の関わり、小さな町の中で複雑に絡まり合う人間模様とその変化から「人間の普遍性」を描き出す。その技巧が素晴らしい。

愛情と憎悪
怒りと悲しみ
恨みと赦し
楽しみと苦しみ
失望と希望
恨み・妬み・嫉み…

登場人物の内面にうごめく個人的で感情的な情景が、物語の客観的な情景と交わって「人間社会一般の真実」への疑問を投げかけてくる。対比の狭間のギリギリを突いてくるところが絶妙。

善と悪
白人と有色人種
健常者と障害者
性的なストレートとマイノリティ
男と女
差別と被差別
罪と罰
肉体的な暴力と公権力による暴力
正常と狂気

アメリカの小さな田舎町で起こった一つの事件を題材に、2時間弱の作品の中に、ここまで人間の本質に迫った要素を詰め込めるのは、“匠の技”以外の何物でもない。濃ゆい人間描写の合間に挟まれるゆったりした自然の映像が好きです。マーティン・マクドナー監督、ファンになりました。
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