くもすけ

ガーンジー島の読書会の秘密のくもすけのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

■原作
著者はMary Ann Shaffer(1934-2008)。アメリカ人の編集者、作家。英国の彫刻家カトリヌ・スコットについての伝記執筆のためガーンジー島への旅行の最中島に閉じ込められ、書店で見つけた占領時代についての本を読み始める。結局スコットの伝記そっちのけで今作を書くが、体調が悪化し08年に未完のまま死去。児童作家の姪があとを引き継ぎ完成させた。書簡体小説なんて久々に読んだが、当時の読書風俗や戦争の記憶が詰め込まれ登場人物も魅力的で映画の後でも楽しめる。

■Hungry Old Man
原作者シェイファーを執筆に駆り立てたチャンネル諸島は大戦における連合王国直轄唯一の被占領地で、作中飢えに悩まされた島民のひとりエベン・ラムジーが苦肉の策にひねり出したのがじゃがいもで作ったパイ。肉は占領軍に徴発されており、バターも小麦粉もなく、無理やりパイとよんでいるが、つまりそれはただのイモだ。食べ方は簡単。口に押し込んでジンで流し込むだけ。
ちなみにエベンを演じるトム・コートネイはもともとシェイクスピア俳優で、「長距離走者の孤独」「銃殺」で息も絶え絶えの怒れる若者を演じていた人。その後も順調に活躍して01年にナイトの称号得て名前の頭にサーがついてる。

■何がエリザベスに起こったか
エリザベスのモデルと思われる女性がいる。
Louisa Eva Gouldはジャージー島で生まれ、二人の息子を海軍志願兵に送った。ルイザは、1942年収容所の強制労働から逃げ出したソ連の元パイロット・フョードルを18ヶ月間自宅に匿う。1944年隣人の密告で家宅捜索を受け、ルイザは捕虜隠匿とラジオ所持の罪で2年の懲役を言い渡され、ラーフェンスブリュック強制収容所に送還される。ルイザがガス室で殺されるのは45年2月、終戦まであと3ヶ月だった。ルイザの活躍は1995年生き延びたフョードルによって公にされ、2017年Another Mother's Sonとして映画化された。ちなみに彼女の妹Ivy Forsterも捕虜隠匿に関わっていたが病気を装い大陸への送還を免れ、戦後島議会初の女性議員となっている。長生きしたので原作者も会っていたかも

■戯れに読書会はすまじ
原作同様全体に朝ドラ風なのが物足りない。書簡体ゆえ生まれた文通の魅力と戦中体験の告白を放擲した以上、もっと大胆な脚色しても良かった。老人たちの慰安飲み会にしか見えない読書会に、グロテスクな現実を逆照射した「ブーガンヴィル航海記補遺」を重ねてみたらどうなっただろう。
噂嫌いのホステスが喝破したのとはまた別の意味で結社に取り込まれたジュリエットは、自らを物語の一部に加えようとする。でジュリエットは原作者シェイファー同様、単に女傑に惹かれただけで島との距離感はあやふやなままだが、Ivyにあたるエリザベスの妹分率いる島民との真夏の夜の狂騒を描いたら、デビューをかけた仮面作家の鼻息をビブリオバトルで飲み込む結社の意義も出てくるし、それは王国の処遇やコラボ、ひいては戦争への痛烈な批判にもなってたりして