なべ

007/ノー・タイム・トゥ・ダイのなべのレビュー・感想・評価

3.7
 はぁ〜泣いた泣いた。有終の美を飾ったダニクレボンドに大満足。でもズルいよ。満足はしてもモンクがないわけじゃない。いやモンクはかなりあるから。

 では以下にモンクを並べてみる。もちろん褒めどころもちゃんと書いた。

 まずはモンク1。ボンドの引退に合わせたのか、マネーペニーとQとマドレーヌの劣化が激しい。あんなにキュートだったマネーペニーがなんだかくすんでるし。いやQはもっとひどいぞ。かわいかったオタク青年が、どうしてこんなことに。これじゃ高校の地理の先生じゃん。Qよ、何があった? こっぴどくカレシにフられでもしたんか? てかゲイ設定のにおわせなんて今まであったっけ? マドレーヌも最初別の誰かだと思ってたくらい変わってた。ブサイクに映るアングルがあるから注意してあげてよ!
 そんなレギュラーメンバーとは対照的に今回光ってたのが女性スパイ。黒人女性の00エージェント・ノーミは古い価値観からなかなか抜け切れない007の世界観にあって、新時代の到来を(やっと)告げるものだったし、CIAの新人スパイのパロマの存在感たるや、出てきた途端、このかわい子ちゃんは誰⁉︎と立ち上がりそうになったほど。キレッキレのアクションとポジティブなオーラが眩しくてほぉーーーっとなった。思い起こせばブレードランナー2049でも同じ反応をしてたわ。毎回一目惚れするなら、アナ・デ・アルマスの顔くらい覚えとけって話だよな。いやあ、またまた惚れたわ。彼女には今後もフェリックス・ライターの後を継いでもらってぜひとも続投を願いたい。

 1年半にわたって予告編で散々見せられてきた冒頭のシークエンス。いよいよ本編で拝める時がきたが、ああ、なんと長かったことか。やっと見るイタリアの世界遺産のロケーションの素晴らしさといい、ストーリーの流れの中で見る橋からの跳躍といい、DB5のカーチェイスといい、文句なし。てかここが最高潮だった。

 あ、ここから先は観た人向けに書いてます。ネタバレ不要な人はここでお別れです。

 次にモンク2。このシーンのあと、あろうことかボンドはマドレーヌと別れるんだけど、このボンドの対応に違和感あり。あかんわボンド!何してるん!おまえそんな奴だっけ? マドレーヌの裏切りに見えたのなら、それは誰かの罠だろ。引退して勘が鈍ったのか? え、ヴェスパーのこと引きずってるの? ちっさ!ちっさいぞボンド!
 愛する男に捨てられたマドレーヌの悲しい表情(お腹に添えられた手を見逃すな)からビリー・アイリッシュのテーマ曲に移るんだけど…。
 モンク3。うーん、この曲はイマイチ。ファンには申し訳ないけど好きになれない。エンディングで流れるサッチモの「愛はすべてを越えて」が素晴らしいだけに、美しくない旋律にガッカリした。ダウンロードしたいとも思わなかったテーマ曲は初めてじゃないかな。
 オールドファンなら「愛はすべてを越えて」がかかったらピンと来ちゃうよね。あ、これは悲劇になるぞって。ああ、でもこのメロディラインは美しい。叙情的というか切ないというか、さすがジョン・バリーだなと改めて思ったわ。

 そしてモンク4。予告編でもお馴染み、今回の敵、サフィン。ミスター・ホワイトへの復讐を果たすべく、彼の妻(マドレーヌの母親)を殺害するも、死に瀕したマドレーヌを見てこれを救うという複雑なキャラクターをラミ・マレックが演じている。おそらく氷の下で必死にもがく彼女の姿に自分を重ねたのだと思うのだが、能面を被ってるせいか表情がわからない。これは致命的な演出のミスだと思う。本来は殺意が共感に変わる瞬間を観客に見せるところなのに。被害者であると同時に加害者であり、マドレーヌにとっては守護天使ならぬ守護悪魔という矛盾した存在。こんなにおもしろいキャラクターをお面被って演じるのはキツイ。相反する感情の深みを立体的に見せるはずが、お面なだけにすごく平面的だ。加えて顔の爛れた描写なんかがあるからなおさら表面的なところに目が行っちゃうのな。
 義弟へのコンプレックスで悪の秘密結社をつくったプロフェルドに対抗するなら、悲しみと歪んだ愛情を併せ持つ復讐者はなかなかいいところに目を付けた…はずなのに、能面と爛れた肌が裏目に出た。もったいない。ラミ・マレックの影が薄いのは演出が悪いからだと思う。ついでに言わせてもらうと、変な日本描写はいらんから。

 モンク5。だいたいナノボットによる生物兵器で世界征服って。がん細胞のみを攻撃するナノボット治療をヒントに考えられたんだろうけど、ちょっと荒唐無稽過ぎないか? 昔の007じゃないんだからさ。やるならやるで、世界の首脳相手に脅迫するシーンが必要じゃない? これがないので、サフィンの野望がイマイチ掴みづらい。邪悪なのか天然なのかハッキリして欲しかった。
 理屈はわかるけど、スペクターの構成員一人ひとりの遺伝子に適合したナノボットをつくって、それを噴霧して皆殺しって。めちゃくちゃめんどくさそう。残念ながらぼくにはここの描写が怖いともおぞましいとも思えなかった。理屈に感覚がついていかないのだ。となるとサフィンの歪んだ野望が、ショッカーや死ね死ね団みたいな雑で稚拙なイメージになってしまい、クスッと笑いそうになっちゃう。これダメでしょ。

 そして最後、モンク6。いや、泣いたよ。ミサイルが降り注ぐなか、スパイとしてでなく、夫として、父として立つボンドの後姿に涙したよ。でもね、それってボンドの死ありきで考えた逆算の脚本って感じがするのね。そういう意味では本作はマドレーヌを捨てたのも、Mがナノボットプロジェクトに関わっていたのも逆算な感じがする。だからストーリーの流れが美しくない。シリーズの終わりにふさわしい内容にしようと力み過ぎちゃったかな。
 せっかく新00がいるんだから、彼女がボンドを連れに戻ってくるカッコいいシーンを見繕ってもよかったんだよ。マドレーヌと今生の別れで盛り上がるボンドに、「なに盛り上がってるんだかこのおじさんは。はいこれで傷口押さえる。ぐずぐずしないの。ったく年寄りは頑固なんだから」とボートに投げ飛ばすくらいの新旧交代感を出してくれてもよかった。男のやせ我慢なんてクソ喰らえと新007に言わせてもいい。ボンドが感染したナノボットだって、今はだめでもそのうちアンチナノボットで無害化できる日が来るかもしれないじゃんね。そういう未来で家族が触れ合える可能性に賭ける終わり方でもよかったんだよ。

 こんなにモンクだらけで本当に満足したのかと問われそうだけど、ぼくは満足してる。それは007シリーズで初めて物語を終わらせたから。この長い長いシリーズのなか、時代が変わっても生き続けてきたジェームズ・ボンドの最期をちゃんと描いたからだ。そういう意味で、ようやく閉じられたボンドの人生に立ち会えたことに満足しているのだ。

 最後にもうひとつ。サフィンが自分とボンドに、支配者としても、夫としても、父親としてもマドレーヌとマチルデに触れられなくしたってことの意味。これは重要なのかもしれないと思ってる。というのもこれによって、ボンドガールという縛りを解き放ったように感じたから。善玉も悪玉ももう彼女に指一本触れられないってこと。
 金髪で青い目のボンド。荒唐無稽でない現実路線のストーリー。傷つき、怒り、悲しむ人間としてのボンドと、新しい007に挑戦してきたスタッフが唯一、果たしていなかった悪しき慣習がボンドガール。ストーリー上必要なら仕方ないが、そうでないサービスとしての女性の存在はもういらないって主張がサフィンの最終兵器に仕掛けられているのだとしたら、不恰好ではあるけど、意義のある願いだったのかもと。もしそうであるならば、その心意気、確かに受け取ったと伝えておきたい。
なべ

なべ