KIKIKI

007/ノー・タイム・トゥ・ダイのKIKIKIのレビュー・感想・評価

4.2

【chapter1】おじいさんとおばあさん

昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。

おじいさんは山へ山菜採りに、おばあさんは庭へ草取りに行きました。

おじいさんは山へ入る前に必ず、お家の裏の畑の隅っこにある、石でできた祠に手を合わせるのでした。
石の土台の上に、祠が3つ並んでいます。高さはおじいさんの背と同じくらいです。
祠の中には、動物の絵が描かれていて、3つとも違う動物が描かれています。
おじいさんとおばあさんが若いときに立てた祠です。今でも絵が汚れることはありません。石の屋根に囲われているし、おじいさんとおばあさんがよく掃除をするからです。

おじいさんは夏になると、よく山菜をとりに山へ出かけます。
おじいさんの山は、フキがたくさんとれるのです。
おじいさんの山のフキは、茎がとても太くて、瑞々しく、生でも食べられます。
その日も、フキがたくさん取れました。
去年一番大きかったフキよりも、大きなフキがとれました。

おじいさんの山は、山菜がたくさんとれますが、全部とってしまうといけないので、一週間くらい食べるぶんがとれたら、おじいさんは山を下りるのです。
下りる途中、草木の足元がガサガサ、と揺れたので目を移すと、白い毛の猫がすっと通りすぎました。
この山で猫を見るのは初めてだと思っていると、ちょうど揺れた辺りにぜんまいやこごみが生えていたのでした。おひたしや天ぷらにしてもとても美味しいのです。

おじいさんは、山を下りながら、今日はこの山菜で煮付けを作ろうと思いました。
煮付けは、おじいさんの得意料理なのです。
水と醤油とみりんを一緒に煮るだけですが、おじいさんには、一番美味しくなる時が分かるのです。
おじいさんの作る山菜の煮付けは、おばあさんの大好物です。

家に着くと、庭に生えていた草はきれいになくなっており、シオンの花がきれいに目立っていました。このシオンは、おばあさんが植えたものでした。

おじいさんは夕飯にさっそくフキの煮付けを作りました。
おばあさんは一口食べるなり、おいしい、と言いました。
おじいさんには、おばあさんがとても喜んでいるのが分かりました。


【chapter2】顔のない男

俺には顔がない。
だから、目も鼻も口も耳もない。

俺には顔がある。
青い眼と高くも低くもない鼻筋と閉じると下がる口角と大きい耳がある。

俺には手がない。
だから、何にも触れることがない。

俺には手がある。
触れたものは、みな壊れてしまう。

俺は、いつも、ここではない場所で、世界を救うことになる。

シーンとシーンの間の空隙。俺は誰かの息継ぎの中にいる。

人間は生まれたときは白紙というが、俺には初めから誰かが洒脱に描いた拳銃が渡されているらしい。
誰が描いたのかは知らない。
誰でもあるし、誰でもない。誰でもいい。

神から最も遠い場所にいるはずが、まるで背後から俺を犯すような気配。これが合図だ。
カットは突然訪れるのに、始まりは儀式めいている。


【chapter3】others

一輪の花が咲いてから枯れるまでの間、
固く閉じられた口をした女が、丘陵から露出した山肌をなぞるような目で、月を見ている
やがてゆっくりと、白い両足を広げる
月と女はしばし重なったあと、
月も夜も、飲み込まれてゆく


【chapter4】おじいさんとおばあさん②

おじいさんの山を越えた先には、おじいさんのいとこが住む村があります。

ある日、血相を変えたおじいさんのいとこが、おじいさんの家に息を切らせてやってきました。
名を栄吉といいます。
栄吉は言いました。鬼が出た。と。
おじいさんが他人から鬼、という言葉を聞いたのは何十年ぶりのことでした。
栄吉は続けて言いました。村が焼かれている。と。

おじいさんは栄吉が家に来た理由を悟りましたが、あれは遠い昔、祠を立てるより前のことです。
栄吉が言いました。あの刀があれば。
おじいさんは祠を立てた時に、刀を祠の裏に埋めてしまいました。それ以来、一度も掘り起こしていません。
おじいさんはもう刀を振れないでしょう。何より、切るのはもういやでした。

おじいさんは昔、数えきれないくらいの鬼の首を刎ねたのです。
おじいさんが鬼の首を刎ねたおかげで、村々には平和が訪れました。おじいさんが若いときには、たびたび鬼が村に現れては、人をさらったり、家を壊したり、畑を荒らしたりしていたのです。

鬼のねぐらに乗り込んだときの話は、おじいさんはほとんど誰にも話していません。
まるで自分が、鬼になったような気がするからです。
おじいさんとおばあさんが3つの祠を立てたのは、そのすぐあとのことです。
おばあさん以外の人々は、おじいさんから鬼をやっつけた時の話を聞きたがりましたが、おじいさんは相手にしなかったのです。

栄吉は言いました。あれは、昔の鬼じゃない。背丈は人の三倍くらい大きいし、右手から火を出す。


【chapter5】顔のない男②

俺がいる部屋と呼べるかわからない部屋は、待機所の目的と地下牢の冷たさを持っている。待機時間にも温度にも意味はない。

設計者の怠慢だろうが、小さなテーブルとその上にオーブンレンジだけが用意されている。食べるものはない。

派手な音を立ててレンジが開く。
ときおりこういうことがある。レンジが開くと、中には何かが入っている。
前回はコーヒーカップが出てきた。使い道がないからレンジの上に置いておいたら、俺が戻ったときには消えていた。出てくるものはいずれ消えてしまう。
その前は紫色の花弁の花が一輪入っていてすぐに消えた。名前は知らない。
例外はアイスピックで、使い道はないが、なぜか消えずに残っている。

レンジの中から、白い毛並みのペルシャ猫が出てきた。
テーブルからすとんと降りると、じっと俺の顔を見た。青い眼をしている。俺と同じだ。やがて顔をそらし、部屋の隅に向かって駆け出した。俺にはなつかないようだ。無理もない。


【chapter6】others②

だめよ、そんなにとっちゃ

いいじゃない、一つだけよ

一つだからじゃないの
みんなが大事にしているの

どうせ一度に一つだけよ
そんなこと言って、この間彼にあげたのは良かったの?

わたしはそんなことしてない

見てたもの
どの口が言ってるの

あれは別

別って、なにが別なのよ

とにかく特別なの
あなたに関係ない
相手にされないからってわたしに当たらないで

特別な人の名前を呼ぶのは、その息継ぎでさえも特別な時間なのに

何が言いたいの

あなたは、温度が冷たいの
表現がない人形
前にも言ったでしょ
あたしはみんなの目を引く
暗闇で燃える炎みたいに
蝋燭なんかじゃない
終わりなんかない

舌ったらずなおしゃべりをどうにかしたら?
あなたっていつもそう

涙は凍っていた塊が溶けたものなの
泣いてもいいのよ
その炎は、焼き尽くすの
今日なんか覚えてないの
焼き尽くすのよ、全てを


【chapter7】鬼

栄吉は後悔していました。自分だけ村を出て来たことを。
おじいさんに鬼が出たことを伝えたあと、栄吉はすぐに自分の村に戻りました。
おじいさんの山を通っている最中、村から黒煙が上るのが見えました。
パチパチとはぜる音が聞こえてきます。
どうか、みんな逃げて無事でいますように。

栄吉が村に着くと、既に村のほとんどが火に包まれていました。
栄吉の隣の家も、その隣の家も、からぶき屋根は炎を上げ外壁は立っていられなくなったかのようにななめに崩れました。

鬼は、背丈は家の屋根に手が届くほど大きく、体は赤黒く腕は長く鋭い爪が生えており、眼は塗りつぶされたように真っ黒でした。

鬼は、右手から自分の背丈の倍ほどの火柱を出し栄吉の庭を焼くと、左手で地面を殴り地面は波打ち燃え落ちた隣の家は巨大な火の玉となってその隣を家をなぎ倒しました。

鬼の後ろから、少年が鍬を持ち走って向かっているのが見えます。
少年の名は朔太郎といい、15歳になります。栄吉の孫です。
朔太郎の名は、おじいさんの名前から一部を拝借したのです。

鬼の前から、村一番の力持ちの松之助が丸太を担ぎながら走って向かっているのが見えます。
松之助は朔太郎が生まれた時から弟のように、慕ってくれたのでした。松之助の顔は煤に覆われ、目はほとんど空いていません。松之助の家は既に大きな炭の塊のようでした。

栄吉は止めようとしたのか、鬼と二人のもとへ走って駆け寄ります。

朔太郎の振り下ろした鍬が鬼の左足のふくらはぎに当たりました。鍬はその刀床の半分が鬼の足にめり込み、鬼は高い雄たけびをあげました。松之助は丸太を振りかぶり下から鬼の顎をめがけてほうり上げました。鬼は口を開けたままよろけ、朔太郎は鬼に踏まれないように鍬を鬼の足から引き抜くと、次は左足の甲を目がけて振り下ろしました。しかし鬼は左足を引き、鍬はそのまま地面に突き刺さりました。

鬼はすぐさま右手で鍬の柄を掴み引き抜くと、鬼が振り下ろした鍬は松之助を血潮に変え刀床は砕け放り投げた柄は栄吉の四肢を割き赤は露と消え左手をはらうと栄吉の家の屋根の半分が飛び右手は朔太郎の首根っこを掴み上げ手は炎を吹き家もろとも焼き指の間から黒い灰が風の中に流れ熱は露を蒸発させ崩れた家は薪となり黒煙を送られた天の漆黒はぎざぎざにゆらぐ炎に侵され沸きたち低い咆哮は長く長く空を震わせ泣く人のない村で鬼は夜空を見上げ代弁するかのように泣いているのでした。


【chapter8】おばあさん

おじいさんは祠へ刀を掘り起こしに行きました。
栄吉の村はもう間に合わないでしょう。
空も花も震えているのがわかります。

遠い過去に閉じ込めた記憶の破片が、目の奥を傷つけるように痛みます。
未来は過去からやってくるのに、避けられないものなのでしょう。

読み書きのできなかったわたしに、灰色だった世界が色づくようにと、言葉を教えてくれたのはおじいさんでした。
おじいさんがこの家に戻ることは、もうないのでしょう。

しかし今日は、おじいさんについていくことはできません。
すべてが終わったあとに、やるべきことがあるからです。


【chapter9】顔のない男③

足がちくり、とした。
猫がアイスピックをくわえて俺の横を通り過ぎる。

ペルシャ猫はするするとテーブルの足を登り、オーブンレンジの取っ手を擦るが、猫の手では戸は開かない。

猫は咥えていたアイスピックの柄を下にして針の部分を取っ手に通し、柄をしばし動かすとレンジの戸が開いた。ネコがテコを理解しているとは思えないが、力点の気まぐれはここ以外でも起こりうる。

猫はレンジの中に入った。じっと俺を見ている。
レンジがバチバチと火花を上げだした。とんだ欠陥品だ。
猫が消えていた。

【chapter10】Will a good night's sleep come after the destruction?

夜空は、ゆっくりと落ちてきます

おじいさんは、祠の前で月を見ています

鬼はおじいさんの山を焼きながら、降りてきます
月光よりも強く、その炎はおじいさんの顔を照らします

鬼の黒い眼はおじいさんを見ています
鬼の顔は歪み、涙のない泣き顔で、横切る流れ星の背景を追うように首を揺らし、高く吠えます

鬼は左手の拳をおじいさんに振り下ろします
おじいさんは刀で受けますが、そのまま祠まで吹き飛ばされ体を祠に強く打ち付けます
おじいさんは仰向けになったまま、体を起こすことができません 
鬼はおじいさんに向かって歩いてきます
昔の鬼とは全く違います

おじいさんは、3つの祠の中にある絵が無くなっていることに気が付きます
鬼はおじいさんのもとまで来ると、右手でおじいさんの胴を掴み持ち上げます
鬼とおじいさんは同じ顔の高さで向かい合います
鬼の目には何も写っていませんでしたが、おじいさんには、鬼が笑っていることが分かります
鬼の口から吐息がゆっくりと吐き出されます
鬼は右手を握る力を強めます 
おじいさんには自分の肋骨が折れる音が聞こえます
鬼の右手の温度が上がります 
おじいさんには自分の着物から煙が上がるのが見えます


薄れていく意識のなかで、おじいさんはおばあさんに出会った時のことを思い出します
鬼のねぐらに仲間とともに乗り込み、すべての鬼を屠った後、鬼の作ったみたことのない陶器や絵画をかき集め、村に帰ろうとしていたときです
1人の女が草むらの影から何事が叫ぶと、おじいさんに向かって飛び掛かってきます
長い爪をおじいさんの首に突き刺そうとしたところをすんでのところで腕をつかみ、振りほどくと、爪は鬼と同じくらい長く鋭く、表情は鬼よりも恐ろしい顔をしていましたが、それは人間の女でした
なぜ、おじいさんがその女を連れて帰ってきたのかは、わかりません
人の言葉がしゃべれないので、おじいさんは家にかくまいながら、少しずつ、読み書きを教えました
鬼の陶器や絵画を街に売り払ったときには、女は激高し人間の言葉でおじいさんを罵りましたが、村はすでに平和であり、売ったお金で村には食事に困る人はいなくなりました
おじいさんは村の英雄だったのです 
誰もおじいさんを悪く言う人はいませんでした
女はいつしかその村に慣れ、村も女に慣れました
英雄譚を聞きたがる人は多くいましたが、語るほどのことなど何も起こってはいないのです
おじいさんは畑に祠を立てました
命を失った仲間と、鬼を鎮めるためにです
祠の絵がどこかにいってしまったのは気がかりです 
仲間を絵として、おじいさんが描いたものでした
おじいさん達は、その後は穏やかに暮らしました
畑仕事をしたり、山へ行ったり、鬼の陶器を真似して自分で陶芸などをしながら過ごしました
山はおじいさんのお祖父さんのお祖父さんからのものでした
焼かれてしまいましたが、そのことを悲しむ人ももういないのかもしれません
白い猫は無事でしょうか


鬼と同じくらいの大きさの白い虎が鬼に飛び掛かりました
右手はおじいさんを離し、鬼は地面に倒されます
鬼の右手は白い虎の左の前足に押さえつけられ、炎は地を這って畑を焼きます
白い虎は鼻先を鬼の顔に近づけ鼻をひくつかせると、大きく口を開け首筋に噛みつき、喉笛を嚙みちぎります
鬼の右手の炎は次第に弱まり消え、鬼の首からは赤い血がごぼごぼと流れています
白い虎は鬼にまたがり、口を赤く染め月に向かって吠えるのでした

 
おじいさんは仰向けになりながら、大きな獣のような声を耳で聞きます
すべての音がなくなったのち、白い猫が顔の近くに来ます
山にいた猫です
口のまわりは真っ赤に染まっています
白い猫はじっとおじいさんをみつめています

いつもより大きい今日の月が、青く光っていました

痛みが消えていくのに合わせ、息を吐き、おじいさんは目をつむります


【chapter11】others③

建前は変わらないのに本心が変わってしまうように、花は枯れても匂いは残るの
花弁を千切るためだけに花を育てるように、神様が白い露に消えても、首が落ちてもあたしは真ん中で燃えることができる
揺らぐのが空の仕事でしょ
はっきり言ったら?歌い手は誰なのよ
あと、少し動物が多いわ


END
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