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私がモーガンと呼んだ男/私が殺したリー・モーガン ジャズ史に刻まれた一夜の悲劇の真実のnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.8
 1972年2月19日、その日のニューヨークはまだ春の訪れも知らず、凍てつくような寒さだった。革靴で降り積もった雪を踏みしめながら、その日も背中を丸め、ミュージシャンを従えながらいそいそと温かいライブハウスのドアへ吸い込まれるように入ったに違いない。そこが惨劇の現場になるとは知らずに。リー・モーガンの死は、JAZZ史において最も悲劇的で、ショッキングな事件として知られている。ロシアン・ルーレット中の死やオーバードーズによる薬物中毒死や客死などJAZZの世界では多くのショッキングな最期があるが、当時ある程度の纏まったレコード枚数を発表しながらも、ではいったい彼がこれからどんな音楽を作り、どこへ向かうのか?それを知ることはもう叶わないのだ。ハード・バップの時代は終了し、ジョン・コルトレーンは鬼籍に入り、マイルス・デイヴィスはJAZZに背を向け、エレクトリック期に突入する一方で、リー・モーガンは愛する妻の放った銃弾によって未来を断たれたのだ。

 今作は彼の生まれ育ったニューヨークの街を描写し、彼が亡くなったその日の空気すらも再現しようとするのだが、そうやってリー・モーガンの面影に近付こうとすればするほど、もはやここにはリー・モーガンなる天才トランぺッターは存在しないという事実に打ちひしがれる。ごくごく若い頃、アート・ブレイキーの楽団でしのぎを削ったウェイン・ショーターが、リーが包帯をぐるぐる巻きした写真を見つめながら、茫然とした様子で若き日の天才を振り返る姿にひたすら胸が締め付けられる。

 映画は天才リー・モーガンの波乱に満ちた生涯を明らかにしながらも、では彼の妻のヘレンがなぜ、リーを撃ち殺したのかその真相に迫ろうとしない。もしかしたらあの日あの一瞬にしか真実はないと言わんばかりに。天才より2回りも年下で、社交的でオープンな生活を続けた妻ヘレンは、周囲の人間から見ても目立つ華のある女性だったという。ヘロインに侵された夫を鼓舞し、再びステージに押し上げた彼女の姿はまさに糟糠の妻という言葉が相応しい女性だったのだろうし、現代ならばSNSに頻繁に愛する夫との2ショット写真をアップし続けたに違いない。彼女の死の直前に録音された白いテープには、夫への愛情と後悔の念が滲む。依然として真相は闇に包まれたままだが、リー・モーガンの夫としての姿は彼女しか知らない。没後50年を前にあらためてリー・モーガンを想う。
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