映画武士道

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜の映画武士道のレビュー・感想・評価

4.8
結論としては紛れもない名作です!
絶対に見た方がいいです!

韓国現代史における大事件「光州事件」を扱った作品です。ちょっとお堅いですけど背景を説明。
全斗煥陸軍少将が軍事クーデターを起こし実権を掌握。
軍事政権を樹立。
それに対抗すべく韓国各地で過激な市民運動が起こっていた時代。
ついに軍は全国に戒厳令を布告します。
高まる軍と国民の緊張。
そんな中で光州で大規模なデモが発生。
光州は封鎖され、通信や交通は遮断。その鎮圧に軍が向けられます。
そこでは何が起きているのか?命がけで取材を行った、ある外国人記者と一人の名もなきタクシードライバーの物語。

軍による民間人虐殺を行った「光州事件」。それを扱った、軍の暴走は怖いよ!という単純なストーリーだったらこの点数はつけません。

この作品が凄いのはロードムービーなんですよ。これ。一見すると歴史もの政治ものに見えますが本質はロードムービーなんです。そこが凄い。
主人公&観客の目線はあくまでタクシードライバー視点なんです。一人の無力で貧乏な。
主人公はソウルのある一人の貧乏なタクシードライバー。妻は早くに亡くし父一人娘一人の母子家庭。
お金が全然なく家賃滞納8か月状態。娘は貧乏だということでいじめにもあってる。
そんな状況を抜け出そうと、食堂で耳にした儲け話「外人を光州に運ぶだけで大金ゲット」という話。
本来依頼を受けたタクシードライバーを出し抜いて外人との待ち合わせ場所に先回りして到着した主人公。
詳しい事情も知らずに金目当てに外人をタクシーに乗せて光州へGO!
戒厳令下にも関わらずのんきというか明るいというか・・・
しかも一級危険地帯状態の光州に軽い気持ちで行こうとするのは凄い。
主人公は元サウジでドライバーやっていたという設定があるので危険にはある程度慣れているのかも。
そこから外人(記者)とタクシードライバーのでこぼこコンビの珍道中が始まる。向かう先は軍が民間人を殺しまくってる危険地帯なんですけどね・・・怖いよ・・・怖すぎるよ・・・

そして光州に到着するんですが、軍の検問があり追い返されてしまう主人公たち。
外人記者はここまで乗せて走ったにも関わらず光州に入れなかったら一銭も払わん!と無茶を言いだす。
ガソリン代などの出費もあり貧乏な主人公はなんとか金を手に入れようとあの手この手で軍の検問を突破しようと試みる。
(箱根の関所破りかよ)
外人記者をアメリカから来たビジネスマンにしたてて重要な契約書を光州に忘れたから取りに行きたい!と芝居をしてなんとか検問を突破。
(検問の軍人気づいていたっぽいけどめちゃくちゃ優しい。あと軍事政権下とはいえアメリカは宗主国状態なのでアメリカのビジネスマンを無下にはできないということか)

苦労してやっと到着した光州・・・そこはなんと地獄だった!!
荒れ果てた街。店は全部しまってるしゴミは散乱。街には軍人がうろついてるし、民間人側も武装してトラックに乗って襲ってくる・・・
いやぁ~世紀末ですね~。ケンシロウ歩いていそうです。
目線が無力な一般人目線なので、みんな怖い・・・
このスリル感。ほんといいですね。

そんな中で出会った、気のいい学生デモグループと仲良くなった外国人記者と主人公たち。
彼らを取材することでストーリーは後半に入っていきます。
危ないところから早く帰りたい主人公ですが、外国人記者はどけち。約束のお金を半分しかくれません。

「残りはソウルまで帰りの道を送り届けタラダ!」

仕方ないので危険な土地の取材に同行するはめになった主人公。
それはもう酷い光景です。
無抵抗な一般人を軍人たちはどんどん射殺していく。
武器を持ってない人でも普通にばんばん撃つ。
怪我してる人を救助しようとする人でも撃つ。
白旗持っていようが撃つ。
女子供でも撃つ。

日本ではデモがファッション化してる部分あるけど、本来はこのぐらい危ない行為です!
天安門とかでも虐殺されてますからね。

命がけで政治を変えようとデモしてる人は尊い感じがしますけど。

話はそれましたが無抵抗な一般人を軍人が容赦なく撃ち殺していく光景は非常にショッキングで恐ろしいです。
恐ろしいけど無力な主人公はとにかく早く帰りたくてたまらない。

こんな大事件が起きているけど家には娘がいて
「夜一人で寝かせるのはかわいそうだ!一緒に遊びに行く約束してる!帰ります!」と言うシーンは等身大のパパの目線で素晴らしい。

外人記者も「娘さんが・・・じゃあ先に独りで帰っていいよ」と約束のお金をくれるんですが光州ではその瞬間にも多くの民間人が虐殺されている。主人公の良心が痛む。結局帰り道を引き返し外人の取材を待って乗せて帰ることに。

外人の取材は続くのですが、軍の当局にその存在がばれてしまう!
外国で虐殺行為を報道されてはたまらん!と外人記者を狙う軍当局。
(国内メディアは戒厳令下&軍事政権で管制下なので軍の暴走は報道できない)
その追っ手をかわして無事に主人公は外人記者を送り届けられるのか?
というのがクライマックスです。
行きはよいよい帰りは恐い。
軍の追っ手が銃を撃ちまくりながら迫る迫る。
もうだめだ~おしまいだ~という時に現れた謎の助っ人!それはなんと光州タクシー軍団だった!(この辺笑えるけど仲間が一人、また一人とここは俺に任せて先に行け!と犠牲になっていくシーンはほんと泣ける。)

ちなみに帰り道も検問の軍人はめっちゃ優しい。(明らかに嘘だって気づいてるのに通そうとしている。直後に上層部からの命令が来て追っ手を出してるけど)
軍人の中にもいい人がいるって演出なのか、実話なの?

そしてエンドロール後に登場する外人記者ことユルゲン・ヒンツペーター本人。
そこで語るのは政治の話や事件の話などではなく・・・主人公のタクシードライバーとの再会を願っているという話。

なんと!この話は実話だったのです!(さすがにタクシー軍団は嘘だと思うけど)

事件後に外人記者はタクシードライバーと再会しようと思っていたのですが、聞いた連絡先は偽名&嘘。
その後再び会うことはなかったそう・・・
この映画をきっかけになんとか再会したいという願いがあったそうです。
なんで主人公のドライバーが記者に偽名を語ったかはいろいろあると思いますがその後は民主化していますが当時は軍事政権下ですから、外人記者がヤバイニュースを報道することによって害が及ぶことを避けたかったと思われます。

政治メッセージを表に出して事件の悲惨さを訴えるのではなく友情ものとして作品を締めるのは本当に素晴らしいです!
このシーンが一番泣けます。

ちなみにこの作品の劇場公開は2017年ですがユルゲン・ヒンツペーターさんは公開前年の2016年に他界しています。
ヒンツペーターさんは終生光州に思い入れがあり、死後は光州に埋葬されたいという願望を表明していたらしいです。


映像面でもレベルがすごく高いです。
軍が襲ってくるシーンは一般人目線なのでほんと恐ろしく作られてていいですね。そこには欧米の戦争作品のような高揚感は一切なく。ただただ恐ろしい。軍人が全力ダッシュで追いかけてくるとこはガキ使の鬼役の人が全力で追いかけてくるような、逃亡中のハンターが追いかけてくる感じの演出が面白い。(虐殺事件の作品なので面白いって言ったら不謹慎だけど)

重い歴史的事件をベースにしているにも関わらず、序盤のコメディ感もそうですが各所の演出がちゃんとエンタメしてて良いです。
ソン・ガンホの演技も素晴らしい。

これはもう文句つけようがないです。名作ですね。
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