Inagaquilala

あしたはどっちだ、寺山修司のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

4.0
唯一の長編小説である「あゝ、荒野」の映像化作品が先ごろ公開されたばかりの寺山修司の謎に満ちた人生を追ったドキュメンタリー。作品前半で主に描かれるのは、1975年4月にゲリラ的に上演された市街劇「ノック」の顛末。東京の杉並区一帯を劇場に見立て、30か所30時間に及ぶ市街劇がどのように行われ、警察まで出動したこのハプ二ング満載の劇がどのように幕を下ろしたのかを、当時の多数の関係者にあたり明らかにしている。劇の終盤、この市街劇を権力への抗議集会に切り替えようと主張する寺山と、このまま最後まで上演を完遂しようとする劇団員の間で意見の相違が生まれていたという事実まで描かれている。

寺山修司が生前に主宰する劇団「天井桟敷」で上演した市街劇は、野外劇や街頭劇を含めても数えるほどしかないが、1983年47歳で早逝したこの「言葉の錬金術師」は、最後にどうしてももう一度「市街劇」を上演したかったと漏らしていたという。寺山の故郷である青森で、この幻の市街劇の行方を追いながら、彼の虚実入り混じった人生にもスポットを当てる。寺山が自らの人生についてフィクション化していたことは、多くの彼の人生を扱った著作でも明らかにされていることだが、この作品でも多くのかつての寺山を知る関係者の証言で、その実像に迫っている。すべてカメラの前での証言だけに、なかなか興味深いものがある。

監督の相原英雄は、映像業界に足を踏み入れた若い頃から寺山修司を追いかけており、このドキュメンタリーも彼の私的興味から出発し、関係者が次々とこの世を去っていく状況も考え、当初は個人製作としてプロジェクトはスタートしたという。それだけに足で稼いだ数々の証言は貴重なものとなっており、「ノック」を主導した幻一馬の正体など自分としては初めて知る事実も多い。

寺山修司に興味を持つ人間にはもちろんのこと、彼を知らずとも、寺山修司が意図した演劇による変革とはどんなものだったのか、ひとつの象徴的時代を描いたドキュメンタリーとしても、観る価値は充分にある。タイトルが意味するところは、いまひとつピンとこないが、ただの人物伝ではない、いつの時代であっても刺激を与え続けるであろう普遍的な精神を描いた作品であることだけは書き留めておこう。
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