しまうま

羊飼いと屠殺者のしまうまのレビュー・感想・評価

羊飼いと屠殺者(2016年製作の映画)
4.5
すごかった。


個人的に、死刑囚の世話をする刑務官の話でまず思い浮かぶのが日本の漫画『モリのアサガオ』だ。
そこではまだ新人ながら死刑囚を担当することになった主人公が死刑囚たちの人間臭さに触れることで、死刑制度の存在そのものに疑念を抱いたりする葛藤が真正面から描かれていて、普段そういう場面に出くわす機会のない僕のような凡人は、読むだけで胸がひどく苦しくなった。

今作はそれ以上に、えぐみたっぷりの極度のストレスに晒され続けた人間が果たしてどうなるのかを、生々しい映像付きで味わうことになる。胸が苦しいどころじゃない、でも観るのを止めることはできない。人間が背負わされる業を少しでも理解したいという気持ちがそうさせるのか。


基本的には法廷サスペンスというジャンルに分類されるだろうけど、今回起きた凄惨な事件の背景にあった出来事が、弁護士側の視点を通してだんだんと判明していくという流れになっている。

前述した「生々しい映像」とは裏腹に、静かに淡々と法廷での争いは紡がれる。その動と静の脈動が繰り返されていくうちに気づけば物語にのめり込まされる。105分ほどの上映時間がほんとにあっという間だった。

かなり観る人を選ぶというか、そもそも映像がどぎついのでもし観る場合には相応の覚悟をもって臨まれることを勧める。それでも、より多くの人に観てもらいたいと感じさせるにはじゅうぶんな作品だった。





▪️▪️簡単なあらすじ▪️▪️

1987年、南アフリカにてひとりの青年が、あるサッカーチームが所有するミニバスに乗った7人を射殺する事件が起きた。
青年の名前はレオン・ラブスカフニ。
弁護士のジョン・ウェバーは現場検証の後にレオンに面会して、事件の経緯を話してもらおうとするも彼は裁判には無気力で弁護もいらないと言い、ほとんど何も話してくれない。

やがて、レオンが死刑囚の普段の世話を担当する刑務官であり、同時に死刑執行時の世話も任されていたことが判明する。
この一年、南アフリカでは150人を超える死刑囚の死刑が執行された。そのうちレオンが担当したのは、、、





▪️▪️ネタバレありの感想▪️▪️

改めて、すごかった。

死刑執行時、首吊りに使用する縄が死刑囚を必ず即死させるように結べという指示であったり、首を吊られた死刑囚の体内にある水分や排泄物が床に垂れる、そんなリアリズムに満ちた描写がほんと凄みがある。

死刑は日本にもあるし、というか現代社会に死刑制度が存在する国があるということは、今作のようなことを(今作のレオンほど酷い現場ではないにしろ)仕事として行なっている人たちが確実に存在するわけで。
それについて考えるにはじゅうぶんすぎるほどの今作なのかなとも思う。

印象的だったのはレオン役のかたのあの虚ろな目。
刑務官として仕事をこなすしかないという現実から自分を守るための手段だったのかもしれない。
また、自らの正義や仕事を真っ当しようとする姿は弁護士(スティーブ・クーガン)、検察(アンドレア・ライズボロー)にも共通していた。そういう意味ではこの3人はどこか似ているような気がしないでもない。
その中で、現場の狂気に晒されて自らも狂ってしまったのがレオンだったという。つまり、レオンになる可能性は僕らが皆持っているものなのかもしれない。
それがまた怖い。



さて、えてして法廷サスペンスものといえば、主人公と敵対する側(今作は検察側)がどうしても憎まれ役に回らざるを得ないことがほとんどだと思っていたけど、今作に関してはそれがなかった。
なぜかというと、レオンが7人もの人間を射殺したのは紛れもない事実であり、その罪はどうしたって逃れようがないからだ。
遺族たちの表情ももちろん情け容赦なく映し出される。検察側の主張にも多いに頷きながら観ることで、また事件の複雑さを思い知る。

ただ、検察がレオンに殺人衝動を認めさせようと「死刑囚たちはあなたが殺した」と突きつける場面に関しては、そこだけはイライラしたかな。
死刑囚たちを殺したのは死刑という制度であって、その仕事に従事したものを責めるのは色んな意味でお角違いだろと言いたくなった。

サッカーの試合でひどい反則を犯した選手を退場処分にした主審に対して、「あの判定は間違っていないか」と苦情を言うならまだしも「お前がレッドカードを持っていたのだから、あの選手が退場になったのはお前の責任だ」と苦情を言う人間はいない。レッドカードを主審に持たせたのはそういうルールであり、サッカーという競技システムそのものだ。
レオンはただレッドカードを持つ仕事をしていただけなのだ。



タイトルについて。

この意味と弁護士ジョンが終盤で放った言葉に心揺さぶられる。

「羊飼いと屠殺者」
「誰かを世話してその後殺すなどという仕事はー無理があります」
「彼の苦痛を否定するほうがバカげているんです」


だいぶ長くなってしまって、取り留めもないからここらで終わろうと思う。ただ少なくとも、大して筆まめでもない僕にここまで長い文章を書かせるパワーのある作品だったことだけは確かだ。
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