ぺむぺる

切り裂き魔ゴーレムのぺむぺるのレビュー・感想・評価

切り裂き魔ゴーレム(2016年製作の映画)
3.0
19世紀末、ロンドンのはずれにある貧民窟で発生した凄惨な連続殺人。容疑者のひとりはすでに死亡しており、その妻が夫殺しの裁判にかけられていた。

霧に包まれた街角、猥雑なミュージックホール、闇夜に跋扈する怪人…現れるモチーフがことごとくリッチで、ミステリの雰囲気を十分に堪能できる作品。にも関わらず、クラシカルなフーダニットに終始しない、というか、そんな気はまるでないというのが本作の面白さだろう。犯人当ての推理を期待した人や本格志向のミステリマニアにとっては眉をひそめる話かもしれないが、わたしはこんな風変わりな作品が大好きだ。

ここでは「真実はいつもひとつ」ではなく、幾重にも重なる虚構の皮をまとっている。そのどれもがある時点での“真実”に違いなく、組み合わせ次第で幾通りもの“事実”が立ち現れる、その重なりの妙を楽しむ作品である。前半の展開がややもするとかったるく感じてしまうのは、過剰なまでの事実の列挙にほかならないからで、ここでその整理と把握に神経を使う必要はない。どうせそんなものはあとで打ち砕かれるのだ。印象的なシーンやセリフ、そのときどきの真実をしっかと心に留めておくほうがよっぽど有意義である。また、中盤にあるとある仕掛けも馬鹿にせず見てほしい。脚本が意図するのは犯人のミスリードではなく、フィクションの層の多重性なのだから。

いくらか突飛に思える容疑者カール・マルクスの存在はなんなのだろうと後から調べてみたら、彼だけでなく他の容疑者、アヘン窟の作家ギッシング、物語の主要人物ダン・リーノまでも実在の人物なのだとか。日本でいえば孫文と太宰治と三遊亭圓朝が絡んだ殺人事件といったところだろうか(我ながら下手くそなたとえ。時代考証なし)。このへんの虚実ないまぜの設定が活かし切れていないのは残念だが、小説の映画化ということで(主に尺的に)致し方ないのかもしれない。いずれにせよ、本作の主題が犯人探しの推理でないことは明白で、「ゴーレムは誰か」よりも「妻はどうなってしまうのか」に力点が置かれた話の流れは、感触としてサスペンスに近い。

それでもつい、本作をして“ミステリ”と評したくなるのは、ロンドンのイーストエンドよりまだ東、ライムハウス地区というミステリアスな土地柄に大英帝国繁栄の恥部を見る思いがし、それが否が応でもかの有名な未解決事件を想起させるからだろう。犯人が最期に発する「またの登場」は劇中人物の決まり文句ながら、その後の事件を予見しているようにも思える。とすれば本作は、謎多きかの事件について一切の描写を排して提示された、粋な解釈のひとつということになるのかもしれない。
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