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はじめてのおもてなしのNMのレビュー・感想・評価

はじめてのおもてなし(2016年製作の映画)
3.9
難民問題に限らず、人種差別、思想の違いによるいさかいや、年齢の壁、性別の壁、仕事、子育て、自分探しに悩む現代の問題がてんこ盛りで描かれている。
本来重いテーマだが明るくコメディタッチなので気軽に見れてしまう。
一度は観て損はない。

まずもちろん難民たちにどういう苦労があるのか垣間見れる。それを取り巻く環境。
別の国にたどり着いたところでまずは施設に収容されるし亡命が認められなければ送還され命が危ない。
収容されている難民間でも、見知らぬ者どうしだしみんな命がけだし文化の違いからもトラブルが起きる。みんなストレスを抱え、過去も現在も辛いし将来も不安。
そして亡命できた後もその国に慣れるのは至難の業。
移住してきた人に対して、言葉が上手くなかったりその態度がなじまないことを簡単に非難してはならないと知った。

また、外から人を受け入れ住まわせるというのは、家族を見つめ直すきっかけにもなるようだ。

ミュンヘンのハートマン一家。
広い屋敷と緑あふれる庭。
父は外科医、母は校長経験もある元教師、息子は世界を飛び回る弁護士、娘は31歳だが学生のまま一人暮らしをさせてもらっている。

父リヒャルトももう引退していい歳だが、自分の権威に拘り、年齢と執拗に抗っている。とにかくすぐ怒り大声を出す性格。
長男フィリップは仕事中毒のせいか妻に出ていかれ、幼い息子バスティが残った。いい子だが学校でよく問題を起こす。今は上海で大型案件をまとめ共同経営者として親子で移住するべく張り切っている。

母アンゲリカは面倒見のいい性格だが、仕事も引退し家族も家を出て今はそれが発揮できない。内心は強い意思の持ち主。

娘ゾフィも心優しく、かなり迷惑な友人に対しても一度恩があるというだけでストーカー行為を我慢し続けている。ただいつまでも学生でいる自分に自信がない様子。

母アンゲリカは新たな生きがいを探したい。
ドイツは大量の難民を受け入れたので、その収容施設で何か手伝えないかと足繁く通った。
その結果母は難民を一人家に受け入れると決めた。

移民問題に理解のある娘は賛同。
エリートサラリーマンの息子フィリップは難民にレッテルを貼り警戒し反対。
父は問答無用で大反対。
喧嘩になったが、こう見えてこの家で一番強いのは母。父が折れ、結局受け入れ手続きが始まった。
だが家族はまだ一枚岩というわけではない。

きっと実際もこんな感じで、受け入れは軽率だったかな、本当に大丈夫かな、と家族それぞれ考えを巡らせながら事を進めていくのだろう。

難民施設の希望者と面談をし、唯一条件に合った一人の青年ディアロに決まった。
ナイジェリア出身で、とても物腰が柔らかい。
ただ母国で何があったのか恐ろしくて語れない様子。そして家族はもう誰もいないと寂しげに語る。

一人で全く知らない国に来て、財産も家も親戚も友人もなく、良い仕事はない。(申請中であればそもそも職につけない。)
持っているのは母国での恐ろしい思い出。ISに襲われる夢をよく見る。
言葉も一から勉強。
文化も全く違うし、大人になってから自分の常識を変えていくのは相当難しい。
それを根気良く支えてくれる存在がいかに大事か分かる。多くの場合そんな人はそう簡単に見つからないだろう。

ただランニング仲間はいるようだ。
グループのリーダーはタレク。
研修医で、難民施設の手助けもしている。
ゾフィの幼なじみで、今はリヒャルトの部下だった。
リヒャルトは誰に対しても居丈高だが、特にタレクを目の敵にしている。どうも若くて誠実で女性職員に人気の彼に嫉妬してもいるようだ。

リヒャルトは相当の癇癪持ちで、目の前の相手に目をしっかり合わせて支離滅裂な根拠のない中傷を真っ直ぐ言う人。相当やばい。パワハラを超えている。

アンゲリカはディアロにドイツでの宗教感について教える。
この国では宗教を持たないのは意見を持たないのと同じ。そして宗教のおしつけはファシズムと同じ。
さり気なく印象的なセリフ。

何もしていなくてもディアロはいるだけで辛い目に遭う。
隣人は一目会うなりディアロに酷い言葉を遠慮なく浴びせてくる。
父の友人は彼を何も知らないくせに、娘に近づけるなよと警告。
ディアロは歓迎する人にも利用しようとする人にも巻き込まれ、その度に疑われ傷つけられる。
色んな目に遭うが、難民には抗議する手段がない。トラブルを起こしたら亡命申請が降りない可能性もあるから。ディアロはいつも優しいのでそもそもめったに抗議しない人のようだが。

ディアロの亡命申請が却下された。実は難民施設でテロ首謀の怪しい人物がいて、彼が疑われていたから。

母国に送還されたらどうなるかわからない。
そんなときでもディアロはハートマン家の心配をしてくれる。
自己肯定ができないゾフィを励まし縁結びも試みた。
バスティ君の友人として忙しい父フィリップの代わりに一緒に遊んだ。
一人孤独な母アンゲリカを慰めた。
家を出た父リヒャルトを説得し帰らせた。

フィリップはトラブルで案件担当の座を失いそうになる。
なんとか仕事に戻ったが、息子バスティは仕事ばかりの父を責める。
パパが好きだからパパのもとに残ったのに、今は相手もしてくれない。
ずっと訴えていたことにふと気づき、ついに息子のもとに帰る。

タレクとゾフィは偶然出会い、良い仲に。

みんな家に戻り、ちょうどタレクも訪問したとき、家の前でデモ騒ぎが起きる。
ディアロをイスラム原理主義者だと決めつける人たち。彼らと徹底交戦を試みる誰だか知らんがとにかく熱烈な難民支援者たち。乱闘騒ぎに発展。
警察を呼ぼうとしたところ、父リヒャルトが発作で倒れてしまう。
タレクが決死の活躍で救い、命の恩人となった。
警察も来て詳しく捜査、ディアロにかかっていたテロ容疑も無事晴れた。
亡命申請も受理。

それぞれの問題は解決。ディアロは正式に人生の再スタートを切った。
ラストのジョークが効いている。そういうオチかと思って騙されかけた。ずっと生真面目だった彼が言うからこそ笑ってしまった。
急に何もかも完全に解決するのはすこし都合が良すぎるものの、正直すっきりする作品だった。
パート2ができたら面白そう。
あの友人ハイケが難民を受け入れたらもっとすごいことになるに決まっている。

一見、お金もあり幸せそうに見えたハートマン家だが、たくさんの問題を抱えており、やがてそれが爆発してしまう。
誰がどれだけ幸福かは他人にはわからない。
父の、若くいたい、現役でいたい、という願い自体はそれほどおかしくない。しかし年齢など数字でしかない時代だ。
息子フィリップの、出世し息子も名門に入れたい、という願いも別におかしくはない。勝ち組になりたいというのは別に普通。
だが行き過ぎた結果、かえって取り返しのつかない損害になりかけた。

家族について、外の人間から見た視点で助言してくれるという存在というのは一家にとって奏功した。
分かってはいてもなおせない、認めたくない、素直になれないといった問題は家族間で起こりがち。
それをディアロは素朴な価値観とまっすぐすぎる正論で説得する。
家族たちは、そう簡単じゃないんだと言いながらも、まあそれも一理あるなと内心認めることになる。
複雑に考えすぎてかえって問題がこじれることはよくある。

ディアロは教えられたり話し合う時、違うと言われてもそのまま引き下がらず、でもこうでしょ?じゃあなおさらでは?となんとか共通点を見出そうとする。反発ではなく。
日本人ならああ…そうなんですね…ですぐ黙ってしまいそうなところを、お互いの理解を深めようとしている。
みんなディアロが安全な人間かどうか心配していたが、一番まともなのは彼だったのかもしれない。
私たちこそ、自分が正しいと驕っているのかも。
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