ベルサイユ製麺

判決、ふたつの希望のベルサイユ製麺のレビュー・感想・評価

判決、ふたつの希望(2017年製作の映画)
4.3
…ちょっと難しそう、と手が伸びず、意を決してレンタルして見始めたものの、やっぱり一時停止し、ちょっとレバノンの事を(ホントに軽〜く)調べてみました。その辺りの事を何にも分からないまま観るのが勿体無いくらい、余りに面白かったので…。


レバノンの首都ベイルート。
右派レバノン軍団支持の男トニー。共に自動車修理工場で働く出産間近の美しい妻と自宅マンションで暮らす。但し違法建築の…。
違法建築の修繕工事の現場監督ヤーセル。パレスチナ難民。
突然水を浴びるヤーセル。見上げるとベランダで鉢植えに水を遣るトニー。雨樋は中空に突き出ている…。
ヤーセルはトニーに雨樋の修繕を申し出るが何故か取り合わない。更にトニーの蛮行によりカッとなったヤーセルは「クズ野郎!」と吐き捨て…。

トニーが工事責任者に訴えた事によりヤーセルは直接謝罪せざるを得ない局面に追い込まれます。…が、謝罪に訪れたトニーに対してヤーセルが発した一言「シャロンに抹殺されてれば!」に一発で逆上したヤーセルは、トニーにボディブロウを入れ肋骨を折る重傷を負わせてしまう。そして、ヤーセルはトニーを告訴…。


ちょっと注釈を入れていきますと、
⚫︎“1948年、イスラエルの建国宣言を受けて第1次中東戦争が勃発しました。200以上の村が破壊され、70万人以上のパレスチナ人が故郷と家を失いました。”
”レバノンに逃れたパレスチナ難民は、他国に比べても特に過酷な生活を強いられてきました。
貧困や差別だけでなく、市民権を持てないため教育や保健へのアクセスもなく、厳しい就労制限が課せられています。パスポートも持てず、不動産の所有も認められていません。レバノンに帰化することも、第三国に移住することも難しいのです。また、たび重なる戦火と虐殺事件にも見舞われています。”
“イスラエルでは2001年にシャロン政権が誕生し、2002年4月にはパレスチナ自治区への武力攻撃がかつてない規模で開始されます。戦車や戦闘機が大量投入され、多数の非武装市民が犠牲になりました。”
(あっちこっちからコピペした!)

…以降、判決が下されるまでの紆余曲折が描かれます。時にグッとヘヴィに、時にちょっとユーモラスに。←?
一応、引用した部分くらいは頭に入れて観ていたのですが、当たり前だけど感覚的に分かりづらい部分は多くて…。レバノンに於けるキリスト教とイスラムの対立であるとか、右派左派のあり様とか…。
そもそものベイルートの人達のパレスチナ難民に対する一般的な心情ってどんなもんなんだろう。例えば、トニーが告訴した事に対する周囲の反応が〔そんな面倒なことを…〕みたいな感じだったりして、実際大して立証・弁論等行われないまま「棄却」で釈放になってしまうんですよね。ヤーセルは罪を認めるって言ってるのに!まるでブラックボックスみたいな扱い。この辺り、なんとなく察するしか出来ないのが悔しいところです。
当然(特にトニーは)蟠り解けず、トニーはゴリゴリの極右の有名弁護士を、ヤーセルは反対の立場を取る弁護士が着き、更なる泥沼裁判が展開される…というのが終盤にかけての流れです。立場の違いから(←実は…)生まれたほんの小さな感情の衝突が、連鎖的に多くの人々の主義主張を巻き込み、いつのまにか代理戦争の様相を呈する展開は、規模・深刻さこそ違えど日常的に頻繁に目にするだけに背筋の凍る想いです。
一方で今作、テーマはめちゃくちゃにソリッドでありながら(レバノン映画のテイストの可能性も有るかも)、描写はそこまでスーパーリアルという感じでも有りません。構図をはっきりさせる為か、人物やその関係、出来事を若干戯画化しているようにも感じられ、その事によって作品が重くなりすぎていません。(レントゲンのシーン、マジで吹き出しました)個人的には、事が大きくなるにつれ腰がひけてくるトニーの様子にコメディ的なおかしさを感じてたのですが、終盤で明かされる事実を知るとね…。
ひたすらシリアスに押し通し、悲劇的な終わり方で刺してくるという方向性も一つの手ではあるのですが、やはり今作の、いつくかの小さなターニングポイントを経た上でのラストは非常に希望的で、それぞれ立場は違ったとしても争える多くの人にポジティブなメッセージを訴えかけると思います。
レバノン映画と聞くとよほど特異なフォルムをしているのでは?と思ってしまうかもしれませんが、撮影の的確さ、演出・編集のセンスも一般的な邦画なんかよりよっぽど洗練されています。(独自性を求める向きには物足りないかもしれませんが…。)役者、特に主演の二人の実在感は本当に素晴らしい!極右弁護士も憎たらしくて最高です。
タイトルやジャケの印象より遥かに軽やかでエンタメ的な面白さすら感じさせてくれます。これはもう大推薦!素晴らしい。