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悲しみに、こんにちはの海のレビュー・感想・評価

悲しみに、こんにちは(2017年製作の映画)
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去年の九月、尾道に行ったとき、映画館の前に本作のポスターが貼られているのを見つけて、いちじくのアイスクリームを右手に持ったまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。光の彫る影の中にゆらめくそれがとても綺麗だった。少し歩いた先にあった塾の前で、好きな人によく似た背中を見かけて、またそこでしばらく立ち尽くしていた。結局どちらにも入ることはなかった。帰路の途中、渋滞と夕焼けの中で、樹木希林さんの訃報を聞いた。 今夜、この映画を観ながら、わたしはあの日感じたのと同じ、生と死のゆらめきをずっと感じていた。わたしはこの映画をおもうたびに、あの暑い九月の日に、尾道の映画館の前で見たあのポスターのことを思い出すだろう。フリダは同じ顔で笑っていたはずなのに、あの日のあれだけを思い出すだろう。九月の、十六日だった。ふと、そんなことを思い出した。 この映画は、いつか離れてしまう二人を、ずっと一緒には居られない母と娘を、永遠にしてしまった、靴ひもをきつく結ぶときも、寝たふりをするそのときも、笑うときも、泣くときも、この子の幼い手の指の端にまで宿り光るものが、愛以外の何だというのだろう。ぬくもりややさしさの透き間から、こぼれ落ちていくそれが、あなただ。大切な何かを、もうかたちも思い出せない何かを、忘れてしまいそうで泣いてしまうとき、胸をふさぐそれが、ひかりだ。これは、ただ一人の母親へ向けた、ただ一人の娘からの、ラブレターだった。
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