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ジュリアンのpanpieのレビュー・感想・評価

ジュリアン(2017年製作の映画)
4.5
予告でずっと観たかった今作。
この後ハシゴする予定だったのにこの余韻を消したくなくてハシゴをやめて珍しくイヤホンで音楽も聴かずに街をぐるぐる歩き回った。
昨今予告詐欺の映画もあるけど今作は予想を軽々と超えてきてもう一度観たいかと聞かれたら怖いから観たくないと答える程本当に怖かった。


冒頭の離婚調停のシーンから引き込まれた。
一体何方が嘘をついているのか。
息子の手紙が父親に会いたくないと書かれていたし、かつて娘に暴力を振るった事があると調書が読み上げられるが果たして本当の事なのか。
痩せて緊張気味の妻の目がせわしなくきょろきょろと動き妻側にも何かあるかもしれないと私は目が離せなかった。
対する夫は大柄で威圧感があり子供には父親も必要だと主張する。
18歳のジョゼフィーヌは離婚した親と会う事は自分で判断できるからと11歳のジュリアンとの面会に焦点が絞られる。
調停は夫アントワーヌと妻ミリアムとそれぞれの弁護士と判事による話し合いであり子供達は登場しない。
そして裁判所は週末をジュリアンは父親と過ごす事を言い渡すのだった。

新居の下見に来てはしゃぐジュリアンの元に一本の電話がかかってくる。
相手が誰か携帯を確認して嫌な顔になり姉が「あの男?」と聞くとジュリアンは頷く。
やはり姉弟は父親を本当に嫌っているのか。





↓ここからネタバレあります。↓








離婚を成立させる為には慰謝料を放棄したのにも関わらず親権は母の単独は認められずジュリアンは父親と過ごす事が義務付けられた。
父親との面会に嫌々応じるがジュリアンにとってお爺ちゃんお婆ちゃんに当たる父親の両親の家で食事をするがそれなりに笑顔も見せるしジュリアンも子供なりに苦労している事がわかる。
離婚するって大変だな。
当の本人達は勿論子供、親族に至るまで関わる全ての人にその余波が及ぶ。

恐らく妻は夫に離婚したい旨を伝えておらず家を飛び出したのではないか。
あんな夫だもの口で言ってハイそうですかとはならないのは目に見えているし逆に暴力振るわれそうだし怖くて言い出せなかっただろう。
離婚が成立したんだからとミリアムは居場所を教えなかったり電話に出なかったりすぐに電話番号を変えたりと取りつく島もない。
当たり前だ。
顔も見るのも嫌な程嫌いなんだから。
もう自分の人生に入ってきてほしくないし綺麗さっぱり別れたんだから二度と関わりたくない。
女はそういうところがあって一度冷めるともう気持ちは戻らない。
ましてよりを戻そうとしつこくしたらもっと嫌いになる。
アントワーヌは全く分かってない。
ミリアムが激しく拒絶するのは他に男が出来たとしか考えてない。
妻が自分を拒絶する事が我慢ならず子供達に妻が会いたくないと言わせてると思っている。
俺の家族なんだから俺のやり方に従うのは当たり前だとでも思い込んでいる。
「俺は生まれ変わったんだ」ってどの口が言ってるの!

健気にお母さんを守る為と父と会うのを我慢して週末に父親に会っても全然嬉しそうじゃないジュリアンが見ていて本当に可哀想だった。
冒頭の調停のシーンではそんな片鱗も見せなかったアントワーヌの本性を私達は次第に知る事となる。
これは夫の、父親の、DVを追体験する映画だった。
学校との連絡ノートに母の新しい携帯番号が書いてあるだろうとジュリアンから取り上げミリアムに突然連絡したりする。
アントワーヌの母がうっかり近所の人がジュリアンと姉が再開発地区でバスに乗ったところを見たと話した後からの展開も怖かった。
アントワーヌはジュリアンを迎えに行く時はいつも車で来るのだけど車の中で声を荒らげジュリアンを直接叩いたりはしないものの座席の背もたれを何度も叩くところはいつかジュリアンを殴るんじゃないかとハラハラしたし機嫌が悪くなると運転も荒くなってきて事故るんではないかと気が気でなかった。
車は密室だし口をへの字に曲げ無言で荒々しい運転をするアントワーヌが本当に怖かった。
逃げ出したくて仕方がないのにジュリアンはまだ子供だから飛び降りる事は出来ない。
車の中でじっと耐えているジュリアンと威圧的なアントワーヌのやり取りは観ていて辛かった。
アントワーヌに鍵を取り上げられて新居がバレそうになって嘘をついてジュリアンが逃げる所からとうとう新居がバレてもう二度と逃がさないぞとでも言う様にジュリアンの首根っこを掴んで家に上がり込む所までずっと緊張の連続だった。

パーティーの前に押しかけてきたアントワーヌに新居がバレてあれで済む筈はなかったのに家でスヤスヤと眠るミリアムとジュリアンは夜中に叩き起こされてそれを思い知る。
ブザーを押す音が止んだのは諦めて帰ったのではなく車に銃を取りに行ったんだ。
自分の父親から出て行けと荷物を外に出された時も、義理だったとは言えミリアムの妹がアントワーヌを罵った後車に乗り猛スピードで近付いてくる所も轢かれるのではないかとドキドキしたが、あの一連の出来事でアントワーヌの神経はささくれ崩壊した。
もう限界だったんだろう。
ジュリアンとアントワーヌの実家で祖父母との食事のシーンで「狩りに行こう」という祖父の台詞がずっと気になっていた。
あんな執拗で思い通りにいかないと短気を起こす男が狩猟をする事が何よりラストへの伏線だった。

そういえばジョゼフィーヌが学校のトイレで妊娠検査薬を使うシーンがあったと思う。
あの後一瞬泣き声の様な声がしたから妊娠してるんだなと分かったけどパーティーの後彼と片付けをした後手紙の様な紙と一緒に鍵らしきものを床に置いていった様に見えた。
彼と暮らすという事?
もう家には帰らないから鍵を置いていったという事?
ここがちょっと分かりにくかった。
なのであのラストの修羅場でお姉ちゃん帰ってきたら大変だ!と心配してしまった。
観た後で妊娠いる?と思い想像してこの結論になったのだけどこれでいいのかな。


猟奇的なDV夫に殺されそうなラストは自分が襲われている様だった。
これは妻側からだけでなく子供の側からも見た親のDVを描いているのかな。
本当に怖かった。
アントワーヌが間一髪で警察に取り押さえられても嗚咽が止まらないミリアムとジュリアンの姿は演技ではなく本当にこんな目に遭っている親子にしか見えず二人の様子をやや長めに映すのだが私も捕まったことによる安堵からか涙が溢れた。
エンドロールに入っても警官達を殴り倒して〝あの男〟が現れる気がして女性警官が「もう大丈夫だから鍵を開けて下さい」との呼びかけにもまだ鍵を開けないで!と思ってしまった。
エンドロールが終わるまでドキドキしていた。
いやー疲れた。
久しぶりに観てすぐレビューしてしまった。
スリリングでかつホラーな映画だった。
面白かったと言ったら憚られる内容だし決して面白くはない。
でも観るべき映画だったと思う。
帰り道歩きながら頭を整理していてふと思ったのだがこの調停に関わった裁判所の人達は自分達の下した決定によって最も起きてはならない事件が起きてしまい事件が公になるとどう思っただろうか。
アントワーヌの暴力的な側面を読み取れず殺されはしなかったが幼い子供に一生消えない傷を残した事を。
安易に判断せず同じケースが少しでも少なくなる事を願う。


警察に通報して電話でのやり取りを見て今月末に上映される「THE GUILTY」の予告を思い出した。
あれも早く観たい!
予告詐欺ではないと信じている。
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