開明獣

ダンシング・ベートーヴェンの開明獣のレビュー・感想・評価

5.0
「たとえ世界を救えなくとも美は私たちに必要なもの。芸術作品は、大聖堂や灯台のようにそびえたち、哀れな人類の希望の道標となる」

バレエというものに対して著しく知見の低い開明獣ではありますが、流石に故モーリス・ベジャールの名くらいは知っており、かの有名なボレロのパフォーマンスは昔、知人宅でDVDで見た覚えがあります。

本作では、そのモーリス・ベジャール・バレエ団が、ベートーベンの交響曲第9番「合唱」を踊る公演のドキュメンタリーなのですが、関わる人たちの顔ぶれが圧巻なのです!まさに、コスモポリタン!!

ベジャール・バレエ団は、フランスのバレエ団ながら、人種はフラン人は勿論、コロンビア人、ウクライナ人、アメリカ人、日本人、イギリス人、もろもろ、まさにグローバルな組織なのです。

そして、それに東京バレエ団が協力。指揮は、インド人のマエストロ、ズビン・メータ、オケはユダヤ人のイスラエル・フィル、合唱団は東京の合唱団と、人種を超えたワールドワイド・コラボレーションなのです。こんなの見たことない!これだけでも、ワクワクしませんか?

ベートーベンが残した九つの交響曲の中でも声楽付きの「合唱」は特に名高く、中でも声楽パートの入る第四楽章は誰もが一度は耳にしたことがあると思います。詩人シラーの「歓喜に寄せて」の詩にインスパイアされた「歓喜の歌」は、全聾というハンデを乗り越えてベートーベンが創り上げた人類愛をテーマにした至高の名曲と言えましょう。

モーリス・ベジャールも、そのベートーベンの意志に共鳴して振り付けをしたそうです。ここでは、人種を超えた音楽と踊りの共演がまさに歓喜の声をあげるのです。

極限まで鍛え抜いた肉体を使ってのパフォーマンスは圧巻の一言です。人間の限界を超えた荒技は当然、肉体に大きな負荷をかけ、怪我人も出るし、踊り手は皆、どこかに痛みを抱えています。それでも踊るのはなぜなのか?

本作のインタビュアーが、ベジャール・バレエ団の一人の日本人ダンサーに質問します。「あなたにとって、喜びとはなんですか?」そのダンサーは、戸惑い暫し考え、微笑みながらこう答えます。

「自分にとっての喜びとは踊ることです」

混迷と分断の続く世界情勢の中で、「人類愛」という言葉は空虚に響くかもしれません。世迷言だと一蹴する人もいるでしょう。それでも、トンネルの先に光が見えるように、本作の輝きは私達を照らし導いてくれるものだと思います。

ベジャールはこう言ったそうです。

「希望は常に勝利である」

さあ、今宵はヘッドセットをつけてボリュームをあげて、杯を傾けながら第九を聴くとしよう!
開明獣

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